吉田春生『村上春樹、転換する』

村上春樹、転換する

村上春樹、転換する

村上春樹は、最高傑作としての『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』と、転換点としての『国境の南、太陽の西』を経て、暴力性と歴史性というテーマに引きずられた『ねじまき鳥クロニクル』(第三部)によって再転換の迷路に迷い込んでいる――というのが本書の非常に大ざっぱなアウトラインだろうか。本書曰く、ティム・オブライエンの著作やマイケル・ギルモアの『心臓を貫かれて』を読んだり翻訳したりすることで、実体験の持つ鮮烈なリアリティに憧れてしまい、安易に歴史性や暴力性といったものをテーマに据えてしまったらしい。
俺は、ティム・オブライエンやマイケル・ギルモアの著作をまだ読んでいない。しかし『ねじまき鳥クロニクル』で提示された暴力性との対峙に対しては、どうもピンと来ないものを個人的に感じていたので、本書は非常に説得的に感じている。また、本書の『ねじまき鳥クロニクル』に対する批判的なロジックを受容するならば、その後『アンダーグラウンド』を書く理由も、そこで地元の阪神大震災ではなく、地下鉄サリン事件を取り上げた理由も、確かに綺麗に繋がっていくように思われる。
本書も(前回や前々回と同じく)インキュベ日記を始める前から読んでいた本だが、村上春樹の小説世界に興味があるなら、良い本だと思う。素材とモチーフとテーマといった言葉を手がかりに読み進めていくのも面白い……が、素材・モチーフ・テーマといった語が定義されていない(と思う)ので、それは残念だった。
ちなみに、巻末の著者註では、『ウォーク・ドント・ラン』について、

村上春樹が対談中、同一の差別語を口癖のように何回か発しているためだろうか、絶版状態となっている。

と記してあった。前に読んだ時は全く気づかなかったので、今度また機会を見つけてチェックしたい。(ちなみに、絶版なので、俺も『ウォーク・ドント・ラン』は持っていない。)