関川夏央+谷口ジロー『『坊っちゃん』の時代 第五部 不機嫌亭漱石』

激動の時代であった明治時代を生き抜いたを明治人(あるいは明治時代そのもの)を、日本を代表する文豪・夏目漱石を軸に描き出した漫画――であったが、好評だったらしく、全5巻のシリーズになった。第五部は、再び夏目漱石を中心に取り上げている。
夏目漱石は神経症からの快復手段として小説を書き始め、実際に目覚しいほどに神経症の症状は改善していった。しかし執筆のストレスから、今度は胃を悪くしている。長く胃弱に苦しんだ夏目漱石は、入退院を繰り返した後に、明治43(1910)年の8月6日から10月16日まで、医者の勧めにしたがって伊豆の修繕時で転地療養を行うことになる。しかし2週間後には急激に容態を悪化させ、8月24日に大吐血をして一時危篤になる。正確には「三十分ほど漱石は死んだ」そうだ。それほどの大患であった。30分の死の間は、文字通り「何も無かった」時間だった。幽霊になったわけでも三途の川を見たわけでもない。血を吐いた瞬間、襖に飛び散った吐血の後を見たつもりだったが、実は30分も経過していた――という事実に、夏目漱石は死の一層の儚さを知るのである。
そして夏目漱石は油断ならない容態が続き、その後も生死の境を往還する。そして生死の境を往還する間、時間や場所を越えた様々な幻を見ることになる。単なる意識の混濁とも言えるが、なぜだか――感動を禁じえない! 漫画として巧すぎるし、美しすぎる。
漱石や鴎外・啄木・秋水といった文豪をモチーフに、日露戦争後数年間の「日本近代史の転換点」を主題的に描いた、この『『坊っちゃん』の時代』5部作は、最近は文庫でも出ているようだ。大判の方が谷川ジローの絵を存分に楽しめるが、安い文庫でも良いから、ぜひ手にとってほしい。