中原淳 編著+荒木淳子+北村士朗+長岡健+橋本諭『企業内人材育成入門』

企業内人材育成入門

企業内人材育成入門

編著者である中原淳の専攻は教育工学である。教育工学という学問は学際的で定義も色々あるようだが、あえて俺の理解の範疇で乱暴に定義するなら「教育の場や学習ツール・学習プロセス等について設計・開発・評価する学問領域」となるだろうか。つまり教育学の場合は「教育とは……」といったところから入るのだろうが、教育工学の場合は工学的な「役立つかどうか」といった見地から「学びやすい教育環境や学習プロセス」を研究していく学問なのである。だからウェブサイトやモバイルを活用した学習ツールなども積極的に作っているようだ。アカデミズムの内部で自己満足せず実践的なアプローチを行っており、好感が持てる。
本書は、その中原淳が中心となって人材育成のフレームワークを幅広い視点からまとめた本である。人材育成のフレームワークと一口に言っても、そのバックグラウンドは膨大なものである。人材育成担当者の集まる世界最大のコミュニティであるASTD(米国訓練開発協会)では、人材育成担当者の知識ドメインを�経済学 �心理学 �経営学 �ポスト1950年の経営理論 �コミュニケーション理論 �社会学 �政策科学 �教育 �人文科学に求めているそうだが、少なくとも人材育成のプロを目指すなら幅広い知見が必要とされることは確かである。あまりの関連領域の広さに尻込みしそうな初学者の助けになるという意味では、本書を超えるものは少ないと思われる。
まあ教育学に限らず、どうしても「教育」の話となると主な対象は子どもになる。しかし学ぶ本人からすれば、多くの場合、学校教育よりは社会に出てからの方が「いかに学習するか」は難しい。学校教育は(その是非はあれど)学校に行って塾に行きさえすれば、それなりの指針を与えてくれ、また学校教育には(これにも是非はあれど)「正解」がある。しかし社会に出てからの勉強には「正解」などない。勉強は必ず必要で、そのことはビジネスパーソンの皆が認識しているけれど、とはいえ何を何のためにどう勉強すれば良いのかは見えづらい。結局、大人のための勉強の本となると、厳密だが何を言いたいのかよくわからない学術的な本か、「市場価値」「○○力」「35歳までに身につけたい100の能力」といったキャッチーな言葉で着飾った本か、資格勉強のような即物的な本か、「本質的な力」「自立した学習」などといった至極曖昧とした本になるのである。本書は、そのいずれでもない。会社から推薦されて購入したのだが、学ぶ側にとっても教える側にとっても非常に良い本。これはオススメ。
ちなみに中原淳の研究テーマは「学習効果の高い教育環境の創造」だそうだが、社会人からすると、これは当たり前のようで難しいテーマだ。まず何を学ぶべきか、どう学ぶべきか、そして学んだ内容をどう人生に活かすべきか、意外に難しい。弁護士や司法書士を初めとした業務独占資格の場合は「資格取得のための勉強」それ自体を目的として差し支えないので、そのような難しさは希薄なのだが。