梅田望夫+茂木健一郎『フューチャリスト宣言』

フューチャリスト宣言 (ちくま新書)

フューチャリスト宣言 (ちくま新書)

梅田望夫と茂木健一郎の対談集。
梅田望夫はシリコンバレーでコンサルティング会社を経営しながら雑誌『フォーサイト』にてグーグルの先進性を早くから述べ続けていた。去年『ウェブ進化論』や『シリコンバレー精神』(読了済の『シリコンバレーは私をどう変えたか』の文庫版)で一気にブレイクした上、先日は平野啓一郎との対談集『ウェブ人間論』を上梓した。さらに俺の使用している「はてなダイアリー」や「はてなアンテナ」を提供する株式会社はてなの社外取締役に就任するなど、個人的には最も注目している人物の1人である。
茂木健一郎は、クオリア(感覚の持つ質感)をキーワードに心脳問題を研究する脳科学者で、現在はソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員&東京工業大学大学院連携教授らしい。クオリアという領域が非常に野心的で、かつ魅惑的なテーマであることは俺にもわかるが、だからこそ茂木健一郎には正直あまり良い印象は持っていなかった。マスメディアを通したタレント的な活動が多すぎる(というより鼻につく)からである。「プロフェッショナル 仕事の流儀」のパーソナリティーはまだしも、ゲームの監修をしたり山ほどテレビや本で露出したり「アハ体験」で一儲けしたりと、あのニヤニヤした顔を見るたびに「こんな奴どうしたって好きになれる訳ないや」と思っていた。だから茂木健一郎の本を読んだのは(『プロフェッショナル 仕事の流儀』の書籍版を除けば)初めてなのだが、本書を読み進むうちに茂木健一郎に対する俺の印象は変わっていった。実に「真っ当な感覚」を持っているように感じたからである。細部はともかく、発言のトーンに対しては、かなり高い確率で納得させられる。
まず茂木健一郎は梅田望夫の資質を「『楽天的であることは一つの意思である』とでも表現できるような意思と世界観」と表現しているが、これはもう100%に近い形容であろう。付け加える言葉も削る言葉もない。これこそ、意識的なオプティミスト・梅田望夫に対して俺が形容したかった言葉である。
また茂木健一郎のタレント的な活動についても(賛同こそしないが)一定の理解ができるようになった。茂木健一郎は自らの立ち位置について、以下のように語っている。

『脳とクオリア』の頃は、僕はアインシュタインのようなことを夢見ていました。アインシュタインのように、ある鋭利な論理で切っていくことができると思っていた。でも、それはどうも時期尚早というか。いまは「アインシュタイン」よりも「ダーウィン」の時代なのでしょう。

それは痛切な決断だったのかもしれないし、これでやっと自分の嗜好に合わせられるなぁと嬉々として方向転換したのかもしれないし、ただの言い訳かもしれない。しかしいずれにせよ、茂木健一郎は自らの専門領域の未来を冷静に認識し、「理論屋」ではなく「概念や発想の啓蒙者」としての道を意識的に選んでいるのである。
2人は「この本は、細部をつついて批判するのがバカバカしいような明るい本となる」と予感したそうだが、確かに未来への意志と希望に満ちた本である。細かい問題で俺も反論したい箇所があるが、確かに微細な問題を云々するような類の本ではない。本書は2人の決意表明なのである。タイプは違えど、2人は確かに「フューチャリスト」であると思う。勇気が絞り出される本なので、俺の友達にはぜひ勧めたい。
ところで本書は、基本的には易しい言葉や表現なのだが、茂木健一郎の偶有性(contingency)という概念がなかなか取っつきづらい。しかし非常に興味深い概念なので、これは我慢して読み進めてもらうしかないね。