ランス・アームストロング『ただマイヨ・ジョーヌのためでなく』

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく

ただマイヨ・ジョーヌのためでなく

ランス・アームストロングは、全盛期に罹患した睾丸癌で死の淵をさまよったのに、癌からの復活の後にツール・ド・フランスを七連覇するという偉業を成し遂げた、猛者中の猛者のアスリートである(本書はツール・ド・フランスを二連覇した時点で書かれたものである)。
アームストロングは小さい頃から類まれなる運動センスを持っていたようで、自転車を本格的に始める前にプレーしていた水泳とトライアスロンでも早々に芽が出たようだ。しかし生存率3%とも20%とも言われるほどステージの進んだ癌から復活し、病の前よりも優れた結果を残すには、そうした肉体的な才能だけでは無理というものだろう。
本書から読み取れるアームストロングの凄さは、様々な物事に対する圧倒的なまでの攻撃性にある。小さい頃から本書の描かれた時点まで変わることなく、アームストロングの中には圧倒的な攻撃性が眠っているようだ。誰かに批判されたり、攻撃されたり、ないがしろにされたりすることがたまらない。誰かが自分の前を走っていることが許せない。ペースを保って進むことに耐えられない。若き日のアームストロングは、レース展開など考えず、序盤から全ての怒りのエネルギーを自転車に注ぎ込むのである。圧倒的な運動センスにより、そういったプレースタイルでも病の前から素晴らしい成績を残してはいたが、やはり成績にムラがあった。
癌に倒れる前のアームストロングは、どうやら自転車にそれほどの愛着があったわけではないようだ。自転車は怒りを発散する道具で、自分を馬鹿にする人々に対して自分の凄さを見せつけるための道具であった。そして病に倒れ、病に対しても持ち前の圧倒的な攻撃性を発揮する。そして奇跡的に病に打ち勝つ。その過程で、自転車競技というものが自分に本当に必要であったことを悟り、また何かを成し遂げるために自分をコントロールすることを少しずつ学び、精神を一回り成長させるのである。
アームストロングは語る。癌が一番で、自転車はその次だと。深い。

追記

さて……この本やこの記事を、こんな気持ちで眺めることになるとはね。
ランス・アームストロングでさえもドーピングまみれにならざるを得ないほど、自転車競技というのが人間の限界を超えて過酷な競技だと言うこともあるんだろうな。