インキュベ日記

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酒井穣『はじめての課長の教科書』

はじめての課長の教科書

はじめての課長の教科書

某書評サイトで絶賛され、その後グングン売れまくっていたので、流行に乗って俺も読んでみることに。中間管理職の中の中間管理職であり、日本的経営の象徴でもある「課長」を対象にしたビジネス書――というコンセプトは確かに面白い。内容も「なるほど」と思わせる。全般的にはかなり面白い本だと思う。しかし著者のHRについての考え方は、どうだろう。さすがにもう飽きたが、またぞろ成果主義が良いだの悪いだのといったレベルの低い話が展開されている。
前にも書いた気がするけれど、はっきり言っておく。成果主義が良いとか悪いとかいう議論は、実にナンセンスな話である。俺はまだHR(Human Resource)のプロとは到底呼べないし、成果主義の信奉者でもマニアでもないが、成果主義についての誤解があまりに多いと思う。そもそも結果主義(最終結果のみの評価/短期的な結果のみの評価)やノルマ主義、個人プレー至上主義、定量評価至上主義、アップ・オア・アウトは、本来的な(少なくともHRのプロが言っている)成果主義とは全く別物である。なぜなら、これらは多くの場合、「成果」を正しく捉えてはいないし、「成果」を生み出す要因も正しく捉えていないからである。
もちろん、これらが成果に直結する強みになる可能性もあるので一概には言えないが、少なくとも著者が書いている「成果主義はチームワークを破壊した」だの「成果主義が失敗した一番の原因は、社員を熱い感情の通った人間としてではなくて、あたかも冷たい機械であるかのように扱うことを前提としていた」だのというのは、とんでもない誤解である。これらは全て、成果主義ではない別の何かを導入した結果として発生した事例を取り上げているとしか思えない。少なくとも俺の知る限り、HRのプロは、こんなところでは戦っていない!
俺が思うに、成果主義の大きなポイントは「成果をどう定義づけるか?」ということと「成果を生み出す要因は何か?」ということである。今は能力的にも時間的にも綺麗に整理して書く余裕がないので、推敲せずにガンガン書き散らかすが、例えば「この道○十年」の職人が数十年かけて育って一人前になっていくような企業や仕事があるとする。俺は差し当たり、極論として、陶芸職人や落語の噺家や高い技術を持った町工場の技術者などをイメージしながら話したい。懐石料理の料理人なんかも当てはまるかもしれない。実態は知らないので、以下は全てイメージを基にして書くが、そのイメージは言うまでもなく古臭い業界である。そこは親方が「40歳? まだ生まれてもいねーよ!」「60歳? やっと味が出てきたな」なんて言っている世界で、かつ先輩が「コツを教えてほしいだと? 馬鹿野郎、こういうのは教わるもんじゃねえ、技は盗むもんだ!」なんて言っている世界である。当然、そこでは年功序列の処遇が行われている。
俺は「ここは、年功序列であり、成果主義である」と思う。
変なことを言っていると思う方もいるかもしれないし、実際に極論だと俺も感じながら書きつけているのだが、しかし俺の中では何の矛盾もない。なぜなら(くどいようだが、俺のイメージの中での)これらの業界では、成果を生み出す大きな要因は「時間」だからである。こうした業界では、何千回、何万回、何十万回という反復練習が一流の技を生み出すのである。技を盗むというのも、ここで競争優位を生み出す技術は、長い時間をかけなければ熟達できないような、言葉や数値やマニュアルに落とし込めないほどの繊細な感覚に裏打ちされた技術だからである。そしてマニュアルがなくとも時間をかけて試行錯誤して学べる人間でなければ、一人前としては認められない業界だからである。親方や先輩の暗黙知を感じ取り、何千回、何万回、何十万回と反復することで、技術を「体得」する。そしてさらに長い時間をかけて反復したり研究したり悩んだりした結果、一部の人間はブレークスルーを引き起こし(あるいは着実に成長し)、自分ならではの強みを獲得する。逆に、それができない人材は、業界で生き残ることができず、遅かれ早かれアウトフローしていく。
こうした業界で成果を出すには膨大な時間が絶対に必要で、長く辛い修行期間に耐える忍耐も必要だ。それらを乗り越えた人材だけが大きく花開き、高い成果を生み出す人材になる――そういった業界なのである。すなわち、ここでは「年齢」を重ねることが高い確率で「優秀さ」を示している。であるならば、この業界では「年功序列」と「成果主義」は両立していると言えないだろうか? 極論なので、もちろん異論のある方もいるかもしれないが、俺は両立していると思う。
本来的な(少なくともHRのプロが言っている)成果主義とは、企業の成果を正しく捉え、そしてその成果を生み出す要因を正しく捉え、成果を上げた人材を評価することはもちろんのこと、成果を生み出す優秀さを持った人材を評価/育成しよう、というものだと俺は思う。
現在、多くの日本企業では、もはや年功序列や学歴主義や終身雇用は競争優位の源泉ではなくなっており、年齢や学歴や勤続年数も「優秀さ」を示す指標ではなくなっている。職能資格制度は(その意図を深く読み込めば、古臭いどころか意外にもけっこう味わい深いのだが)多くの企業で制度を維持しきれず機能不全を起こしている。しかし「成果」や「成果に繋がる要因」は、企業や業界によって様々であるはずだ。その前提が全く置き去りにされたまま、イメージだけで成果主義を語るから、成果主義が良い/悪いという議論は、そのほとんどが空虚で薄っぺらいのである。
成果を生み出すために、その企業にとってチームワークが何よりも重要であれば、チームワークの発揮度を高く評価する。コンピテンシーの概念が馴染むなら、取り入れたら良い。年齢や学歴や勤続年数が成果を生み出すキーファクターであれば、それらをベースとした制度を構築するのも良いだろう。もし仮に、人の優秀さなど実は成果を生み出す要因ではなくて、頭数だけあれば良いんだというビジネスモデルの企業があり、その現実が是認されるとするならば、とりあえず人材がサボらないようにモチベーションを維持して、頭数が毎日きちんと揃うような仕組みを考えるのも良いかもしれない(さすがにそれが成果主義かどうかは疑問だが)。ということは、人事制度にコンピテンシーが入っているとか、役割等級だとか、多面評価だとか、明確なジョブ・ディスクリプションだとか、そういったテクニカルな議論は全て副次的なものではないだろうか。
本書の主題と全く違う話をしてしまったので、強引に結論に持っていきたい。つまり俺は(多くの場合、成果主義として機能していない)結果主義やノルマ主義、個人プレー至上主義、定量評価至上主義などを無批判に「成果主義」として良し悪しを云々する、安直な成果主義をめぐる議論に心底うんざりしている。成果主義を導入した結果、失敗した? それは導入したものが成果主義ではなかったか、制度の運用に失敗しているのである。企業のビジネスモデルの実現や目指す姿への到達を後押しする手段として、人事マネジメントがある。そして繰り返しになるが、人事マネジメントの本分に立ち返り、「成果」と「成果に繋がる要素」をきちんと認識・評価しようとする発想が、本来的な(少なくともHRのプロが言っている)成果主義なのだと俺は思う。
さて、興奮して本書の主題と違うことばかり書いてしまったので、最初に書いたことを繰り返すと、本書自体は非常に面白い。あと著者は海外MBAを首席で卒業して現在オランダで働いているそうだが、ワールドワイドな視点で「課長」を語れるというのは、やっぱり非常に勉強になる。例えばミドルアップダウンという考え方も、ただ語るだけでは陳腐だが、欧米と日本のビジネスの違いを肌感覚で語れる人が語ると、なかなか深い示唆を持った言葉になる。本の著者紹介にブログのURLが載っていたのでチェックしてみたが、こっちもなかなか面白い。身辺雑記的なエントリーが多いけれど、それがオランダというだけで、途端に面白くなる。