梅田望夫+齋藤孝『私塾のすすめ』

私塾のすすめ ─ここから創造が生まれる (ちくま新書)

私塾のすすめ ─ここから創造が生まれる (ちくま新書)

梅田望夫と齋藤孝による対談集。
ビジネスの最前線を走り続けてきた梅田望夫/教育界に身を置く齋藤孝、ネットやテクノロジーを中心とした新しい物事に惹かれる梅田望夫/音読や身体文化といった日本で喪われつつあるものに惹かれている齋藤孝、オリジナリティ重視の梅田望夫/定着重視の齋藤孝、理系の梅田望夫/文系の齋藤孝――本書を読めば、梅田望夫と齋藤孝は様々な面で対照的な存在であることが、わかりすぎるほどにわかる。
興味深かったのは、パワーへの志向性である。梅田望夫が齋藤孝に、以前の著書で「文科大臣になりたい」と書いていたが今でも文部科学大臣になりたいのか? と問うたら、齋藤孝が俄然ヒートアップするのである。

齋藤 文部科学大臣ならやりたいですね。(略)文部科学大臣というものは、その国の五十年先、百年先のビジョンを示す存在だと思っていますから重要です。そういう大臣が政治家の間でたらいまわしにされている状態に耐えられません。ビジョンをはっきりもった政治家が、責任をもってやる仕事だと思っているんです。正直言って、今、教育のビジョンが国として共有されていない。そこに、くっきりとした像、基本モデルを提示したいと思っています。僕自身が、教育に燃えているわりには、教育界に与える影響は小さい気がしているんですね。
梅田 齋藤さんの情熱とポテンシャルに対して、世の中の需要は、まだ一〇〇対一くらいなのではないですか。
齋藤 本当にこの国を心配して、教育のことを考えるなら、もっと僕の話を聞いてくれ、と思います。たとえば教育再生会議をつくる場合でも、メンバーには教育学者は入っていません。誰がどういう責任で教育にたずさわっているのか、責任をとれる人なのか。それだけの経験とか知見というものを、専門職としてやしなってきたわけではない人が多い。そういう人なら扱いやすいと考えているのか、民主主義的な意見の反映だと考えるのかわかりませんが、僕には、教育というものについて軽々しく考えているように見えます。
 (略)
 人生を通して、情熱をもって教育に取り組み、専門家としての力を磨いてきた。休みなくやってきている。しかし、ここまで発言して、本を出して、提言し続けても、公教育に正面からかかわるようなポジションに、僕はいないわけですよね。
 本気で変える意思というものをもっていない、もやーっとした感じを感じますね、日本に対して。教育の世界では、達成が問われにくく、朦朧としているという感じがある。僕は日本の教育のことが本当に毎日心配で仕方がない。しかし力を出す場所が足りない。そういった意味では、たいへん満足がいっていない状態なんですよ。

正直に言って、俺は齋藤孝のことがあまり好きではない。本人が自覚している通り、似たような本を山ほど出しているからである。俺は小説家はともかく、ノンフィクションで多作な書き手のほとんどが好きではない。人間には誰しも限界があり、年に10冊も20冊も書いている人の本というのは、その多く(あるいは全部)が同じような内容である。年に10冊も出した本の全てが新しい発見に満ち満ちていることなど、まあ皆無と言って良い。しかし、その著者のことが好きで、その著者の新しい著作を読んで、9割同じ内容だったら、どうだろう。それでも好きだという人もいるかもしれないが、俺は著者が読者のことを軽く見ていると思うのである。だから俺はそのような書き手のファンにはならない。
しかし、上記の引用を読み、齋藤孝がここまでの覚悟を持って、自覚的に同じような本を出しまくっているのだとは、今まで知らなかった。齋藤孝は俺のような読者に渋い顔をされるのは承知の上で、自分の主張が常に本屋の最前線に並ぶように新刊を出し続け、新しい読者に主張を届け続け、自分の主張が日本に浸透するよう10年間も20年間も同じことを言い続け、少しでも多くの影響力を世の中に行使しようと必死で足掻いているのである。
俺が齋藤孝の本を積極的に買うことは今後も少ないかもしれないが、今日、少しだけ好きになった。初めて齋藤孝のことが少しわかったような気がする。
ところで梅田望夫は俺が最も注目している書き手であるが、これから「サバティカル」と称して執筆ペースをグッと落とすそうだ。ここまで世の中に梅田望夫という名前が浸透し、売れっ子になったのに、忘れ去られる&収入減を覚悟で充電に入るという姿勢もまた、齋藤孝とは異なるが、ひとつの覚悟の在り様であろう。本書以降、梅田望夫の書籍を読むのは数年先になるかもしれないわけで、その点は実に残念だが、また価値の高い本を書いてくれることに期待している。最後に、梅田望夫のサバティカル前のものを書く最後の仕事として、少し前に『生きるための水が湧くような思考』というウェブブックの刊行が発表されているので、このエントリーで未読の方にシェアしたい。今までに雑誌や新聞やウェブで発表したものを厳選・テーマ分類し、1冊の本として読めるように構造化したものらしい。俺は、今後はこのウェブブックをじっくり読みながら、梅田望夫の次の著作を気長に待つことにしよう。