鈴木貴博『カーライル 世界最大級プライベート・エクイティ投資会社の日本戦略』

カーライル―世界最大級プライベート・エクイティ投資会社の日本戦略

カーライル―世界最大級プライベート・エクイティ投資会社の日本戦略

著者の鈴木貴博は、俺をウィルコムフリークにした極私的名著『逆転戦略 ウィルコム 「弱み」を「強み」に変える意志の経営』の著者であると共に、百年コンサルティングという戦略コンサルティングファームを経営し、さらに最近はビジネス系のコラムやブログを通して示唆に富んだ視点を惜しげもなく提供してくれている人物である。近著では『アマゾンのロングテールは、二度笑う』や『がつん!力 会社を救う5つの超原則』といったビジネス力系の本が多かったが、本書は『逆転戦略』と同じく、注目企業に焦点を当てたドキュメンタリーチックな本。まあ『逆転戦略』ほどの驚きはなかったものの、どうしても気になる「カーライル」という会社を解きほぐしたという点では、極めて面白い。

余談1〜富岡隆臣氏〜

ところで、実はあるセミナーでパネルディスカッションを聞いたとき、本書に出てくるマネージングディレクターの富岡隆臣を壇上で見かけたことがある。会場の後ろからでも即座にわかるほど自信に満ち満ちたオーラが体中から発散されており、話し方も明晰で、「さすが外資系投資ファンド!」と思わせるに十分な人物であった。富岡隆臣の話は非常に印象的だったので、その内容を一点だけ紹介したい。本書の内容とも深く関わっているはずである。

 企業価値を測る指標はEBITDAとFCFの2点に集約されるが、自分がGEエクイティの代表だった頃には、常々「普通の経営者はEBITDAとFCFを語る。そして優秀な経営者は、EBITDAとFCFに最も連関する、最も重要性の高い指標を3つから5つ挙げて、そのKPIを徹底的にモニターする」と言っていた。
 例えばクオリカプス(投資先・支援先の社名)の場合、最も重要な指標は、原材料の有効利用率。これがクオリカプスにおいてEBITDAとFCFに決定的に影響する、最も重要な指標である。キトーにおいても同様に、KPIの設定は非常に重要だった。

ICレコーダーをセットしていたわけではないので、一字一句同じというわけではないが、メモを取りながら聞いていたので、大枠は外していないだろう。この発言を聞いて俺はパーッと霧が晴れるような感覚を味わった。まあよく考えればこれってKPIの基本であり、いかに俺がKPIについて無理解かということの証明でしかないから、こんな告白は恥ずかしいと言えば恥ずかしいのだが、それでも考えがクリアになったのだから仕方ない。(開き直り)

余談2〜KPIの設定〜

KPIの設定で、富岡隆臣の「最終成果に最も連関する中間指標を探し出し、その指標を徹底的にモニターし、改善させる」という条件に、俺なりに何かを付け加えるとするならば、「全員が理解できるもの」「全員が共有できるもの」「コントローラブルなもの(もっと言うなら改善のためのアクションが取れるもの)」という条件も、KPIの設定には重要かなと思う。
このセミナーで別のパネラーも言っていたが、EVAのような難しい概念を全社員に理解しろというのはやはり現実的ではない。まあEVAはそもそもKPIではなくKGIだが、EVAの算出式に含まれる資本コストなどは、一般社員には完全にアンコントローラブルで、EVAを上げましょうと言われても、一般社員には「?」である。自分が頑張ってもどうしようもないような指標をどうこうしようという発想は、持てという方が難しい。
俺だって、例えば自分がコンビニやファミレスの雇われ店長なのに、資本コストやEVAやROEやROIやFCFやEBITDAを向上させることを常に意識してください――なんて言われたら、そもそもこれが何かすらよくわからず、途方に暮れるだろう。あるいは雇われた店の土地の値段や自社の株価を最優先してくれと言われたとしても、やはり途方に暮れるに違いない。土地の値段や株価そのものの理解は簡単だが、俺にはほとんどコントロールできないからである。そして売上や粗利や利益率といった一般的なKGIの場合、理解は簡単だしコントロールもある程度はできるのだが、さりとて売上や粗利や利益率には様々な要因が複合的に絡み合っており、何をすれば一体これらの数値が改善されるのか、わかるようでわからない。売上を上げるぞと言って上がれば苦労はないのだから。
この場合、売上や粗利を上げるために重要な中間指標を設定してあげることが重要だ。前述のように、このKPIが上がれば確かに売上や粗利も上がるねと言えるような指標でなければならないことは、言うまでもない。できれば、アルバイトにも理解できる指標で、アルバイトにも公開できる指標で、アルバイトでも改善策がイメージできるような指標であれば、なお望ましいかもしれない。部外者の素人考えで恐縮だが、コンビニのKPIは商品返品率や期限切れ商品発生率だろうし、ファミレスのKPIは仕入れ食材の有効利用率や曜日・時間ごとのテーブルの稼働率や回転率になるのではなかろうか。万引き発生率やアルバイトの稼働率は、入れても良いかもしれないけれど、ちょっと弱いか。
まあ俺は小売でも外食でもバイトしたことないから、想像に過ぎないのだが、これらのKPIをきちんとモニタリングすれば、色々なことがわかるし、KPIの改善のための(つまりはKGI改善のための)様々な仮説も出せるのではないだろうか。例えばコンビニの返品率や期限切れ商品発生率が高ければ、そのパーセンテージが高くなる商品や曜日は少し仕入れを減らそうとか、逆に必ず売り切れて0%になる商品は機会損失の可能性もあるから次回ちょっと多めに仕入れてみようとか、そうしたKPIを上げるための試行錯誤が結果的に最終成果に繋がっていく。ファミレスの場合も同様に、稼働率が低い平日昼間は主婦を呼び込む商品を作ってみようとか、休日の朝はお母さんも朝食の準備を休んでファミレスでのんびり食事をしてもらいたいねとか、中高生の試験前の時期は集中できるように店内の音楽を小さくしようとか、逆に(あまり誉められたものではないが)長居されないように少し冷房をキツくしようとか、そういった施策の検討ができる。
んー、何か本の感想というよりも自分の理解の整理になってしまったが、KPIというのはなかなか設定が難しいな。もっともっと勉強しなければならない。
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