大塚英志『キャラクターメーカー』

キャラクターメーカー―6つの理論とワークショップで学ぶ「つくり方」 (アスキー新書)

キャラクターメーカー―6つの理論とワークショップで学ぶ「つくり方」 (アスキー新書)

『物語の体操』や『キャラクター小説の作り方』といった本で、今で言う「ライトノベル」の創作について指南していた著者が、今度はキャラクターの「実践的」な作り方を指南している。
ここで「実践的」とカギカッコでくくったのには理由がある。魅力あるキャラクターに必要な要素を理論武装し、さらにサイコロやマトリックスを用いたワークショップで(半ば)機械的にキャラクターを生産しようとする点で、本書で言う「実践的」という言葉は、類書とは全く異なる意味だからである。通常、こういうのはセンスだの才能だのひらめきだのオリジナリティだのといったモノが多かれ少なかれ重視されるのだが、そのような立脚点から話を進めることに著者は真っ向から反対している。
しかし著者はオリジナリティそのものを否定しているわけではない。ダイスやマトリックスを用いて生産されたキャラクターに、実は作者ならではの固有性というものが不可分にまとわりついているのだ――というのが著者の基本的スタンスなのである。
さて本書の内容は、理論(というか理屈)とキャラクターを作るワークショップの二段構えなのだが、理屈もワークショップもよく整理されていて、なかなか興味深い。ダイスを振って機械的に(あるいは記号的に)キャラクターを作るワークショップ。発達心理学者のドナルド・ウィニコットの「移行対象」という概念を援用して、トトロ型あるいはライナスの毛布型といった移行対象のキャラクターを作るワークショップ。手塚治虫の実に多くの作品で見られる身体性と漫画世界の関係を論じた上で、身体をめぐる主題をキャラクターの属性に埋め込むワークショップ。アーヴィング・ゴッフマン(アーヴィング・ゴフマン)などにより知られる概念であるスティグマ(聖痕)を解説した上で、キャラクターに聖痕の属性を埋め込むワークショップ。物語論や神話論を下敷きに「物語の主人公には総じて受け身が多い」ことを論証した上で、受け身の主人公を「旅立たせる」ワークショップ。物語において、主人公が望む方向・進むべき方向とは正反対の方向や価値観に向かって「負の自己実現」をする影(敵対者)の重要性を解説した上で、主人公と影をセットで作るワークショップ――いやはや、面白い!
しかし、まさかゴフマンが出てくるとはね。俺は(インキュベ日記にはエントリーしていないが、大学生の頃)ゴフマンをそれなりに読み込んでいたため、妙に懐かしくなった。漫画に限らず、フィクションの世界においてスティグマという概念は「使える」んじゃないかと漠然と感じてはいたが、まさかここまで自覚的にワークショップに組み込むとは。
なお大塚英志は現在、神戸芸術工科大学の教授になっているようで、大学での試みは今後も本になるらしい。楽しみだが、この人はすぐ色んな人と喧嘩したりやりかけたことが止まったりするという印象が強いので、あまり期待し過ぎない程度に期待したい。
最後に、蛇足ながら本書の類書とも言える『物語の体操』と『キャラクター小説の作り方』は、当初はそれぞれ単行本と新書で発売されたが、どちらも今はより廉価な文庫本が出ている。興味のある方は文庫で購入されたし。俺も文庫版を買ってしまったので、また読んでみようと思う。
物語の体操―みるみる小説が書ける6つのレッスン (朝日文庫)  キャラクター小説の作り方 (角川文庫)