『考える人』2010年夏号

考える人 2010年 08月号 [雑誌]

考える人 2010年 08月号 [雑誌]

初めて読んだ雑誌。
目当ては、言うまでもなく「村上春樹ロングインタビュー」である。3日間に渡って、これでもかというくらい、本当にロングなインタビューを敢行している。最初は立ち読みで済ますつもりだったのだが、とても立ち読みでは読み切れないほどの量があったので、このボリュームに敬意を表して購入した。しかし実際、これはファンとしては文句なしに「買い」である。
こういうものの感想を分析的に書くのは野暮なので、その代わりに、特に面白かった点を2つだけ引用しておきたい。
ひとつは、村上春樹が自分の文体について語っている箇所である。

 さっきから繰り返し言っていますけど、僕は分析的な描写や心理的な描写がもともとあまり好きじゃないんです。書くのも疲れるし、読むのも疲れる。だからそういうものを回避するために、会話のなかにできるだけ描写を織り込んでいく。コロキアル(口語的)なものが非常に大事になってきます。地の文では説明のかわりになるべくメタファーを用いて、パラフレーズを構造的に積み重ね、描写すべきものごとの多くを別の何かに預けてしまうというのが、僕の小説文体の特徴のひとつかもしれません。そしてあとの部分はなるたけニュートラルにもっていく。大事なのは「委ねる」という感覚なんです。自分ではやらない。委ねる。
 正面からなにかを解析しようとすると、言葉はどうしても重く、かたく、強くなっていきます。肩に力が入ってくる。そうすると文章の足取りがとまってしまう。会話では、人はそんなにむずかしいことを言わないものです。でも簡単な言葉を上手に組み合わせることによって、そこにボリュームとリズムをつけることによって、表情や手振りをまじえることによって、むずかしい複雑なメッセージも有効に浮かび上がらせていくことができる。
 ただし時には、部分的にはということですが、意図して文章をとめて、徹底的に描写をおこなうこともあります。でもそのときも、これは一種のおまかせパッケージなんだということは忘れてはならない。たっぷり描写を詰め込みはするけれど、読みたくない人は読まなくてもいい部分なんだと。そこをそっくり読み飛ばしても、読者が話をそのまま追っていけるように書くわけです。
 どうしてそういうパッケージ部分が必要かというと、これはひとつの重しなんです。会話とかニュートラルな文章だけですいすい物語が流れていくと、流れが速くなりすぎてしまう。滑ってしまう。だからある部分は歩をとめて、とことん具体的に描写する。でも、そこで描写されるものは重要なことであってはならない。本質的なことを描写してはいけない。それが原則です。
 たとえばだれかが鉄道の駅に着いたとしますね。そこで駅の描写をする。こういう天井があって、ここに明かりがあって、ここに椅子があって、どんな駅員がいて、そこにどんな匂いがしてとか、けっこう事細かにやります。それは物語の本質とは関係ない。ただの駅の描写なんです。でもその駅の描写がそこで流れ的に必要だと感じたら、徹底的に描写する。それなりに手間暇かけて、文章には凝ります。でもそれは読み飛ばしてもかまわないところでなくてはならない。読み飛ばしてもいいけど、じっくり読んでみるとそれなりに面白い。そういう風になるのが理想的です。読み飛ばせないところ、大事なところをそんなふうにみっちり描きだすと、小説は致命的にとまってしまいます。

もうひとつは、自身の小説が日本だけでなく世界で広く読まれている理由についてどう思うかと問われたときの返答である。

 外国では、ムラカミ以外のだれにも書けない世界がここにあるとか、作品のオリジナリティが評価されることが多いです。そう言われると僕としてはなにより嬉しいです。でも日本では、褒められるにせよ、けなされるにせよ、僕の書いているものがオリジナルだということは、僕の知る限りほとんど言われていない。
 僕自身は作家として、ほんとうはそのことをいちばん誇りに思っているんですけどね。オリジナルであること、ほかの誰にも書けないものを書いていること。まったくの書きはじめのころこそ、だれかの影響を受けていたところはあるにせよ、それからあとはずっと自分で独自の方向性を切り拓いてきたし、あるところからは、僕の前にはもうだれもいなかった。そんなふうに、何も無いところに自分でこつこつ道をつくって、穴を掘るということを、三十年間続けてきたんです。自慢するわけじゃないけど、それが正直な実感です。僕の書いたものを評価する人もいればしない人もいるだろうけど、それはそれとして、僕は僕にしか書けないものを書き続けてきた。そのことは確かだと思うんです。結局、日本ではオリジナリティというのはあまり大事なことじゃないのかなと、最近になって考えるようになりました。

どちらも村上春樹の率直な言葉が語られており、とても面白かった。けっこう長く引用したが、それでも今回のインタビューの中では、ごくごく一部である。いったい何万字あるんだろうか。