- 作者: 米澤穂信,高野音彦,清水厚
- 出版社/メーカー: 角川書店(角川グループパブリッシング)
- 発売日: 2002/07/31
- メディア: 文庫
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本書の文体やキャラクター、また当初の発表媒体はライトノベルのそれだが、作者はミステリへの造詣が深いようで、ミステリのチョイネタが様々なところに挟み込まれている。
例えば、シャーロキアン(シャーロッキアン)とホームジストという言葉。主人公の親友が、あなたはシャーロキアンだからねと言われ、自分はシャーロキアンではなくホームジストになりたいんだと呟くシーンがある。ただしシャーロキアンは俺も知っているが、ホームジストは聞いたことがなく、ネットで調べても出てこない。おそらくホームジストは作者の造語なのだろうな。俺は差し当たり、シャーロキアンは「シャーロック・ホームズのマニア」で、ホームジストは「シャーロック・ホームズのような推理能力を持った人間になりたいと憧れている人」を指しているのだと理解した。
余談1
主人公は「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に。」をモットーとする省エネ少年である。どうもこういうキャラ設定を見ると「ライトノベル的」だと感じてしまう。まあ確かに、知名度でも売上でもライトノベルの中ではトップクラスと言って良い「涼宮ハルヒ」シリーズの主人公キョンは、本書の主人公ホータローと同じく、クールとも無気力ともニヒルとも違う、体温の低そうな省エネ型キャラクターである。実に似ている。そう言えば『とらドラ!』シリーズの主人公も、やや趣は異なるものの、イメージが近いと言えなくもない。
……なるほど、書きながら少しわかった気がする。ライトノベルでは多くの主人公が「巻き込まれ型」なんだな。主人公に、トラブルメーカーや狂言回しとしてのヒロインが近づいてきて、あるいは「世界」が近づいてきて、自分に意味を与えてくれる。ポイントは、自分がヒロインや世界に近づくのではなく、あくまでもヒロインや世界が自分に近づいて意味を見出してくれる点である。こう書くと「巻き込まれ型主人公」って幼稚に見えるなあ。
余談2
本書で、ミステリを作る上での有名なルール(十戒・九命題・二十則)が紹介されていた。それぞれネットで調べてみたので、備忘も兼ねて紹介しておきたい。
- 犯人は物語の当初に登場していなければならない。
- 探偵方法に超自然能力を用いてはならない。
- 犯行現場に秘密の抜け穴・通路が二つ以上あってはならない(一つ以上、とするのは誤訳)。
- 未発見の毒薬、難解な科学的説明を要する機械を犯行に用いてはならない。
- 中国人を登場させてはならない(この場合の「中国人」とはフー・マンチューなどに代表される「超常現象を駆使する人物」を指す)。
- 探偵は、偶然や第六感によって事件を解決してはならない。
- 変装して登場人物を騙す場合を除き、探偵自身が犯人であってはならない。
- 探偵は読者に提示していない手がかりによって解決してはならない。
- “ワトスン役”は自分の判断を全て読者に知らせねばならない。
- 双子・一人二役は予め読者に知らされなければならない。
チャンドラーの九命題
- 初めの状況と結末は納得できる理由が必要。
- 殺人と操作方法の技術的な誤りは許されない。
- 登場人物、作品の枠組み、雰囲気は現実的たるべし。
- 作品の筋は緻密につくられ、かつ物語としてのおもしろさが必要。
- 作品の構造は単純に(最後の説明が誰にもわかるように)。
- 解決は必然的かつ実現可能なものに。
- 謎解きか暴力的冒険談かどちらかに。
- 犯人は罰を受けねばならない。
- 読者に対してはフェアプレイを(データを隠してはならぬ)。
- 事件の謎を解く手がかりは、全て明白に記述されていなくてはならない。
- 作中の人物が仕掛けるトリック以外に、作者が読者をペテンにかけるような記述をしてはいけない。
- 不必要なラブロマンスを付け加えて知的な物語の展開を混乱させてはいけない。ミステリーの課題は、あくまで犯人を正義の庭に引き出す事であり、恋に悩む男女を結婚の祭壇に導くことではない。
- 探偵自身、あるいは捜査員の一人が突然犯人に急変してはいけない。これは恥知らずのペテンである。
- 論理的な推理によって犯人を決定しなければならない。偶然や暗合、動機のない自供によって事件を解決してはいけない。
- 探偵小説には、必ず探偵役が登場して、その人物の捜査と一貫した推理によって事件を解決しなければならない。
- 長編小説には死体が絶対に必要である。殺人より軽い犯罪では読者の興味を持続できない。
- 占いとか心霊術、読心術などで犯罪の真相を告げてはならない。
- 探偵役は一人が望ましい。ひとつの事件に複数の探偵が協力し合って解決するのは推理の脈絡を分断するばかりでなく、読者に対して公平を欠く。それはまるで読者をリレーチームと競争させるようなものである。
- 犯人は物語の中で重要な役を演ずる人物でなくてはならない。最後の章でひょっこり登場した人物に罪を着せるのは、その作者の無能を告白するようなものである。
- 端役の使用人等を犯人にするのは安易な解決策である。その程度の人物が犯す犯罪ならわざわざ本に書くほどの事はない。
- いくつ殺人事件があっても、真の犯人は一人でなければならない。但し端役の共犯者がいてもよい。
- 冒険小説やスパイ小説なら構わないが、探偵小説では秘密結社やマフィアなどの組織に属する人物を犯人にしてはいけない。彼らは非合法な組織の保護を受けられるのでアンフェアである。
- 殺人の方法と、それを探偵する手段は合理的で、しかも科学的であること。空想科学的であってはいけない。例えば毒殺の場合なら、未知の毒物を使ってはいけない。
- 事件の真相を説く手がかりは、最後の章で探偵が犯人を指摘する前に、作者がスポーツマンシップと誠実さをもって、全て読者に提示しておかなければならない。
- よけいな情景描写や、わき道にそれた文学的な饒舌は省くべきである。
- プロの犯罪者を犯人にするのは避けること。それらは警察が日ごろ取り扱う仕事である。真に魅力ある犯罪はアマチュアによって行われる。
- 事件の結末を事故死とか自殺で片付けてはいけない。こんな竜頭蛇尾は読者をペテンにかけるものだ。
- 犯罪の動機は個人的なものがよい。国際的な陰謀とか政治的な動機はスパイ小説に属する。
- 自尊心(プライド)のある作家なら、次のような手法は避けるべきである。これらは既に使い古された陳腐なものである。
- 犯行現場に残されたタバコの吸殻と、容疑者が吸っているタバコを比べて犯人を決める方法
- インチキな降霊術で犯人を脅して自供させる
- 指紋の偽造トリック
- 替え玉によるアリバイ工作
- 番犬が吠えなかったので犯人はその犬に馴染みのあるものだったとわかる
- 双子の替え玉トリック
- 皮下注射や即死する毒薬の使用
- 警官が踏み込んだ後での密室殺人
- 言葉の連想テストで犯人を指摘すること
- 土壇場で探偵があっさり暗号を解読して、事件の謎を解く方法