木村紺『神戸在住』全10巻

神戸在住(1) (アフタヌーンKC)  神戸在住(2) (アフタヌーンKC)  神戸在住(3) (アフタヌーンKC)  神戸在住(4) (アフタヌーンKC)
神戸在住(5) (アフタヌーンKC)  神戸在住(6) (アフタヌーンKC)  神戸在住(7) (アフタヌーンKC)
神戸在住(8) (アフタヌーンKC)  神戸在住(9) (アフタヌーンKC)  神戸在住(10) <完> (アフタヌーンKC)
神戸を舞台としたエッセイ風漫画。

主人公の辰木桂は東京出身で、神戸にある大学(文学部美術科課程)に通っている、ナイーブで涙もろい大学生。主人公の大学生活を中心に、主人公や主人公の周囲の人々の人間模様、好きな絵や画家のこと、季節の風物、神戸の街並みの紹介などがエッセイ風に描かれている……と紹介したが、実は、病気や死・トラウマ・障害・いじめ・民族アイデンティティといったシリアスな話も多い。神戸が舞台であるため阪神・淡路大震災の話題も度々取り上げられる。ただしお涙頂戴トーンで大袈裟に盛り上げたりギャーギャー叫んだりはしない。あくまでも淡々と静謐な筆致で描かれている。

この筆致は実に秀逸で、主人公や主人公の周囲の人々の毎日が特別ドラマチックなのではなく、どんな人間の静かで単調な毎日も、実は驚くほど鮮やかに彩られているということを思わず再認識してしまう。いやむしろ、仮に鮮やかさに欠けた繰り返しの毎日であっても、その積み重ねられた日常こそが認識次第では塗り重ねられた油絵のように味わい深いものである……というようなクサいことを思わず書いてしまいたくなる。というか書いてしまった。ああ恥ずかしい。

でも日々の些細なエピソードに対して真摯な態度になれる、極めて貴重で美しい漫画であるということは、強い気持ちで強調し続けたい。とにかく大好きでたまらない漫画なので、大推薦!

なお、Wikipediaにも描かれているが、この作品は方言の使い分けが実に細かく、作者の言葉へのこだわりや愛情が見て取れる。大学は神戸が舞台だが、決して「関西弁」と一括りにされることはなく、大阪・京都・滋賀・奈良・和歌山と少しずつ異なる(そして思わず唸ってしまうほどに特徴的な)言葉遣いである。兵庫に至っては播州弁と神戸弁でも分かれているし、神戸市中央区出身者と東灘出身者の言葉遣いすら微妙に異なっている(これは方言ではなく登場人物2人の性格の問題かもしれないが)。また主人公は東京出身なのでいわゆる標準語だが、東京の言葉についても(俺を含む)関西の人間が陥りがちな「標準語」で一括りにすることはなく、共通語、べらんめえ口調の江戸言葉、くだけた首都圏方言などに分かれているようだ。しかも沖縄出身者の方言も味わい深くて良い。木村紺の描いたセリフは、そのままダラッと読んだだけでもそれなりに方言っぽく聞こえる、実に生き生きとしたものである。要注目。

余談

作者はデビュー作『神戸在住』の他にも、巨娘と小さい男の子のカップルによる破天荒なギャグを描いた『巨娘』、作者が多感な時期を過ごした京都の洛東地域を舞台とした柔道漫画『からん』といった幅広い作風の漫画を描いている。現在は新連載を準備中のようだが、もう1年くらいは音沙汰がない。早く続きが読みたい!