森博嗣『すべてがFになる』

すべてがFになる (講談社文庫)

すべてがFになる (講談社文庫)

森博嗣に似た名前の人と職場で知り合った」という非常にどうでも良い理由で、森博嗣のデビュー作にして代表作である本書を手に取った次第。
大学教授・犀川創平と教え子・西之園萌絵、その他の犀川創平の研究室の面々は、レクレーションのため、ある孤島へとキャンプに行く。といってもその孤島は無人島ではなく、天才科学者・真賀田四季が創ったハイテク研究所がある。その研究所は部屋の出入りの認証から研究所内でのコミュニケーション・照明・ゴミ処分に至るまで高度にコンピュータ制御されており、誰とも会わずに一人で研究に没頭することが可能である。そのような(一部の人間には理想的とも思える)特殊な労働環境・生活環境の研究所に約50人が住み込みで勤務している。一方、所長の真賀田四季は研究所の地下室に15年間も閉じこもって生活している。真賀田四季はその地下室からは出ることができないし、他人が地下室に入ることもできないという、一般の研究員に輪をかけて特殊な環境である。真賀田四季に会いたくて研究所を訪れた犀川創平と西之園萌絵の師弟コンビは、(色々あって)両手両足を切断されウェディングドレスを纏った死体に変わり果てた真賀田四季と対面する羽目になる。2人は行き掛かり上、誰も出入りできないはずの完全密室の部屋で人が殺された上、犯人が消え失せ、しかも被害者は両手足を切断されていたという不可解な事件の謎に挑む……というアウトライン。
森博嗣という人が工学部の助教授であり、彼のミステリが「理系ミステリ」と呼ばれていることも知っていたため、どんな小難しいミステリなのかと戦々恐々であったが、いざ読み始めてみると理系素養がなくとも十分に楽しめるものだった。一見して「ありえない」と思えるものでも、それが合理的で論理的であれば、それが答えなのだ……といった趣旨の登場人物の発言があったけれど、これは確かに科学的なアプローチで、これを指して「理系ミステリ」と言っているのかもしれない。また本書はトリックだけが先走る無機質な作品ではなく、むしろ俺が想像した以上に独特のアイロニーや叙情が作品内に漂っている。
以前、森博嗣の『銀河不動産の超越』というミステリーでない小説を読んだ時は「巧い」という印象しか感じなかったが、本書は明らかに、そして圧倒的に面白いと感じた。はっきり言おう。ページをめくる手がどうにも止まらない!
なお本書はS&Mシリーズ(Saikawa & Moe)の第1巻と位置づけられており、巻末解説を読む限り他の作品でも本書と同じ登場人物が登場するようだ。シリーズを集めたくなってくるなあ。登場人物も魅力的なので、ちょっとした掛け合いの面白さだけでなく、作を重ねる毎の人間関係の変化や深化も気になってくる。2013年は個人的に森博嗣の年になるかもしれない。