伊坂幸太郎『死神の浮力』

死神の浮力

死神の浮力

死神の精度 (文春文庫)
伊坂幸太郎の中では『死神の精度』という連作短編集が俺は最も好きなのだが、本書はその続編に当たる長編である。本書も同じ設定を引き継いでいるので、『死神の精度』の感想で書いた設定を再度記載する。

寿命を全うできない人の死には死神が関わっており、死神は、対象者に接近して7日間ほど「調査」を行い、「可」か「見送り」かを決定する。「可」の人間は8日目に死ぬわけである。といっても調査は形式的・儀礼的なもので、大した調査もなく、ほとんどの場合「可」の評価が下される。だからすぐに評価を下しても良いのだが、死神がそうすることはまずない。死神は皆「ミュージック」をとても愛しており、CDショップで思う存分「ミュージック」を堪能するために、彼らは7日間の調査期間をギリギリまで引き延ばし、人間の世界に居残って「ミュージック」を聴く――という何とも変わった設定である。

『死神の精度』や『死神の浮力』の主人公は千葉という死神で、いわゆる人間的な感情は持っていない。だから人間との会話においてはいわゆる「ズレた」会話になることも多いのだが、千葉はもう何百年、下手したら何千年も生きているので、「変な奴」程度で乗り切る経験も十分に積んでいるため、ズレた会話をすることで大事になることは少ない。そんな死神(千葉)が、調査対象となる人間を観察しながら物語が進んでいくというのが基本的な構成なのだが、本書では調査対象者が「サイコパスに最愛の娘を殺された作家」という少々変わった経歴である。作家とその妻が、無罪判決となったサイコパスの犯人に復讐を果たすべく計画を実行に移す、まさにそのとき、調査のために千葉が二人に接触することになる……というプロローグだろうか。
伊坂幸太郎は相変わらず、設定やキャラクターの一部を普通とは違うものに入れ変えた「条件戦」的な小説が巧い。本書も物凄く楽しませてもらった。