『パリ、テキサス』

ロード・ムービーの傑作だとレビューサイトで紹介されていた映画。けっこう前に買っていたのだが、観たのは今日が初めて。
本作は2つの旅で構成されている。
死んだと思っていたトラヴィスは実は4年もの間ひたすら荒野を彷徨い続けており、ほとんど行き倒れに近い状態で病院に担ぎ込まれる。しかしトラヴィスの魂は傷つき、言葉を発することも出来ないほどに損なわれていた。かろうじて身につけていた所持品から弟に連絡が行き、駆けつけた弟と二人で、車で弟の自宅まで旅をする……ここまでが第一の旅である。
抜け殻のような状態を脱してやっと言葉を発せられるようになったトラヴィスは、弟夫婦の下に身を寄せて少しずつ落ち着きを取り戻す。そして弟夫婦の下で育てられていた一人息子・ハンターとの和解を経て、息子と共に別れた妻のジェーンを捜しにいく……これが第二の旅である。
プロットはかなりシンプルだと言って良い。気の利いたコメディーもなく、派手なアクションもない。壮大なサスペンスや謎解きがあるわけでもない。
しかし俺は言いたい。
これぞ「映画」だ!

  • ハンターを我が子同然に育ててきた弟夫婦(ウォルト&アン)は超がつくほどの善き人で、傷ついたトラヴィスを優しく受け入れる。しかしハンターの実の父親であるトラヴィスが現れたことで動揺して口論になる。ハンターを愛するが故の口論である。そしてハンターは自分を育ててくれた二人が動揺しているのに感付いている。さらには、自分が戻ってきたことで皆が苦悩していることを既に知っているトラヴィス。セリフは少ないが、登場人物の気持ちや葛藤が痛いほどに伝わってくる。
  • かつて幸せだった頃を撮影した8mmムービーで笑顔を見せるジェーンの愛らしさ。ホームビデオなので平坦な映像だが、だからこそ視聴者に強烈に伝えてくる「これは既に喪われたものである」という無言のメッセージ……!
  • 和解しようと努力する父と共に歩く、学校の帰り道。父親であるトラヴィスのお茶目な振る舞いに、7歳の息子・ハンターは無邪気に笑顔を見せ、そのお茶目に付き合い、そして少しずつ距離を縮めていく父子の姿は胸を打つ。しかしその無邪気さは果たしてどこまで「無邪気」だったろうか。俺には、和解しようと努力する父の姿を見た息子が、無邪気さを装うことで息子から歩み寄ったようにも見える。ここでは大人であるトラヴィスの純粋さと、子供であるハンターの気遣い……と捉えるのは考え過ぎか?
  • クライマックスにおける寡黙なトラヴィスの一世一代のモノローグ(トラヴィスがなぜ4年間もたった一人で荒野を彷徨い続けてきたのか?)

……どれも地味なシーンだ。しかし、全てが一枚絵のように印象的である。そしてラストシーンのトラヴィスがまた切ない。愛を貫いたが故の哀しくて孤独な、しかし誇り高い「孤高」の描写ではないだろうか。エンドロールを観ながら流れ落ちた涙はとても温かく、その温度が自身の荒れ果てた心を少しだけ癒してくれたように感じた。