大野順也『タレントマネジメント概論』

タレントマネジメント概論---人と組織を活性化させる人材マネジメント施策

タレントマネジメント概論---人と組織を活性化させる人材マネジメント施策

はじめに

10年以上も続けてきたこのブログの中で、私は自分の個人情報やキャリア情報・日々の生活情報をほとんど書いたことがない。(このブログに、ブログの書き手の情報は不要でしょう?)
一応匿名ブログということもあって今回も詳細は省くが、実は著者とは多少の縁がある。したがって一応、保存用と書き込み用の2冊を購入し、それなりにしっかりと読み込んだ。読み込んだからには、批判めいたことも含めて思ったことを正直に書くし、(普段はせいぜいメモ程度だけれど)比較的ちゃんと書く。

本題

本書は、アクティブアンドカンパニーという組織・人事領域を専門とする独立系コンサルティングファームの経営者が書いた、近年ブーム的に取り上げられ始めたタレントマネジメント(タレマネ / TM)に関する書籍である。概論というだけあって事例なども含めて幅広く素描されているが、「あとがき」の書き出しで「本書は、現在の日本に不可欠と思われるタレントマネジメントの考え方を整理したものである」と宣言するからには、本書は少なくとも以下の2点に明快な答えを示さなければならない。

  • そもそもタレント(talent)とは何か?
  • タレントマネジメント(Talent Management)とは何か?(これまで言われてきた「人事マネジメント」一般や「人材マネジメント」一般とは具体的に何が異なるのか?)

まず前者。talentという英単語一般は「才能」もしくは「才能溢れた人材」のことを指すが、本書においては、タレントとは従業員ひとりひとりが持つビジネスで必要とされる能力であり、具体的には「資質・適性」「価値観・考え方」「行動特性」「スキル」「知識」「経験」の6つであると定義する。少なくとも本書の中では明快である。
では肝心の「タレントマネジメント(Talent Management)」とは何か? いわゆる「人事マネジメント」や「人材マネジメント」一般で言われてきたことと、タレントマネジメントと呼ばれる概念は、何が異なるのか? それこそが本書の全てと言っても良いほどの問いであるはずだが、それが一冊を読み終えても結局ふわふわしている。

これまで見聞きしたことや本書の熟読を踏まえた、私なりの現時点での結論は、タレントマネジメントという概念には、これまで言われてきた人事マネジメントや人材マネジメントの概念と比べて何ら新しいものが“ない”、と言うことである。本書の「タレント」という言葉を「能力」に、また「タレントマネジメント」を「人材マネジメント」に全て置き換えても、本書の内容はほとんど変わらないと思う。そして内容が変わらないのだから、そうとしか書きようがない。しかし本書は“ない”ものを“ある”かのように書こうとしているから、回りくどいばかりで最後まで読んでも細部のピントがズレたままである。
例えば、P.105を引用したい。3部構成・約250ページの本で、P.102から2部に突入している。つまりP.105はもう中盤なのだが、以下のように書かれている。

 タレントマネジメントとは、人材のタレントに着目した、比較的新しい人材マネジメントの概念である。

……人材のタレントに着目した? もはや中盤に差し掛かっているのに、何の説明にもなっていない。先ほど述べたことを改めて思い返していただきたいが、タレントとは「資質・適性」「価値観・考え方」「行動特性」「スキル」「知識」「経験」というビジネスに必要な能力を総合的に集めた、(間違っているとは思わないが)特に新味のないものであった。特に新味のないものに着目したタレントマネジメントという概念が、新しいものだとは思えない。
しかし本書はあくまでも、タレントマネジメントという概念やそこから生み出される施策に新しいものが“ある”として論を進めようとしている。そして、その鍵として持ち出されてきたものが「従業員情報」である。より正確に書くと、本書の中で「従業員情報」というワードがピンポイントで出てきたかどうかは自信がない。しかしエッセンスを一言で書くと明確に「従業員情報」「人材情報」「人事情報」といったキーワードでしか表現し得ない。
さて、従業員情報をきちんと収集・管理することは確かに重要である。そこに異論はない。しかし、それは新しいものでもタレントマネジメントの概念に呼応して重要視されたものでもない。延々と重要視・課題視されてきたことである。さらに言うとタレントマネジメントと従業員情報管理は概念と施策の関係にあたり、当然ながらタレントマネジメントという概念が、従業員情報管理という施策を包摂する……のだが、読み進めていくと、いつの間にか、本書の言うタレントマネジメントは、従業員情報管理そのものである、と読めてくる。そして従業員情報をきちんと収集・管理することの重要性と、そのために大規模パッケージシステムを安易に使うことへの懸念が厳しい口調で繰り返し語られるのである。その懸念自体は全く賛同するのだが、タレントマネジメントの概念と施策の話がごっちゃになってしまっているという印象は拭えない。
正直なところ、『タレントマネジメント概論』という書名ではなく、『従業員情報一元管理の推進に向けた理論武装と実践』といった書名にして、そのタイトルに合わせて構成を見直せば、もっとすっと頭に入る本になっただろうになあと思った。しかしそれでは「タレマネ」ブームに乗りづらいからNGなのかもしれない。

まとめよう。本書を読む限り、タレントマネジメントとは、P.105に書かれたような人材の“タレント”に着目した概念ではないと私は理解した。むしろ“マネジメント”、より正確に書くとマネジメントのサイクルやフローに着目すべき概念である。
きちんと自社に必要な人材定義をし、自社の人材が合致しているかを調べる方法論を定義して実際に調べる。その際は、著者の言うように、自社の人材の情報を適切に収集・管理することは当然極めて重要だし、従業員データベースなどのインフラ整備も場合によっては必要になるだろう。もちろん、人事評価結果やアセスメント結果・異動情報に代表されるそもそもの従業員に関する情報の質を高めることも必要だ。そして部門や事業に必要な要員の質や人数を定義し、また実際に配置する。良い人材は社内で取り合いになるし、本人の希望やキャリアを無視した配置は長期的に不幸な結果を招くから、そこには方針やルールが必要である。また自社に必要な人材が揃っていないことや、今後足りなくなることも往々にしてあるから、採用や育成・異動・抜擢人事などの仕組みも整えねばなるまい。自社の次のステージで必要になる人材のことも考える必要がある。
……新味がない?
その通り、本書を読む前と後で私の認識は変わらないのだが、前段で先取り的に結論を述べた通り、(少なくとも日本において)タレントマネジメントという概念やそれに呼応した施策に新しいものはなく、これまで言われてきた「人材マネジメント」や「人事マネジメント」とエッセンシャルな違いはない。しかし企業にやれていないことはたくさんあるし、企業の成長ステージや外部環境の変化に伴ってやるべきことはどんどん変わる。また、それらを独立した別個の施策ではなく、人材フローを意識した体系的なアプローチとして準備・実行して人事マネジメント全体の質を高めることはもっとできていない。だから定期的に経営陣や人事担当者の関心を惹き付け、改革・改善を促すための旗印的なキーワードとして欧米から持ち込まれてきた。それ以上でもそれ以下でもない……これが日本におけるタレントマネジメントの本質だというのが、私の現時点での結論である。
なおタレントマネジメントというキーワードが持ち出されるときは、グローバル人材マネジメントやグループ人材マネジメントというキーワードとセットで持ち出されることが多いように思う。先ほど述べた(さして新味のないと思われる)施策の数々も、地理・国境・法人を隔てた外国拠点を巻き込んで包括的にマネジメントしようとすると、難易度が一気に上がるし、検討すべき論点も増えてくるからである。

余談

先ほど、大規模パッケージシステムの安易な導入を繰り返し批判する著者の姿勢をやや批判めいて書いたが、それは概念と施策の話がごっちゃになっていると判断したからである。少し擁護的に補足すると、タレントマネジメントの施策=システムの導入という風潮は、著者の言うように事実として(そして厳然として)存在する。例えば2015年現在、Googleで「タレントマネジメント」を検索しようとすると、第二検索ワードの筆頭は「システム」だ。そもそもタレントマネジメントという概念そのものがふわふわしているのに、何のシステムを導入するつもりなのだろうかと思うが、検索してみると、概ね「従業員データベース」およびその派生機能のことを指している。とにかくプラットフォームとして従業員情報を集めることで、タレントマネジメントと呼ばれるものが実現できると言わんばかりである。
で、いくつかそうしたソリューション提供企業のウェブサイトや連載記事を読んでみたのだが、彼らは異口同音に「システムを入れるだけじゃ駄目です」「よくよく考えてください」と叫んでいる。しかし本人たちもタレントマネジメントのことがよくわかっていないのと、結局はシステム導入という落としどころに向けた論理構成になっているので、個別の論点は「なるほど」と頷かされる一方で、全体としては非常に間の抜けた論調になっている、というのが私の偽らざる感想である。これこそが「マッチポンプ」や「茶番」の典型例であると友人知人に紹介したくなってくる。