入山章栄『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』

ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学

ビジネススクールでは学べない 世界最先端の経営学

著者名の読みは「いりやまあきえ」である。著者は『世界の経営学者はいま何を考えているのか』というデビュー作で一気に大ブレイクしたのだが、本書はそれに続く2冊目の本となる。
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プロフィールを読んで驚いたのは、1冊目を出した頃はまだ米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授だったのだが、もう日本に戻ってきて早稲田のビジネススクールで教鞭をとっていることだ。1冊目の影響か、既に『現場力』などで有名なトップコンサルタント・遠藤功と人気を二分する人気教授になっているらしい。正直「世界で戦い続けてくれよ」と思ったが、まあ英語が出来て意志があるなら、働く場所はどこでも良いのかもしれない。

本書の内容は、前作とよく似ており、ビジネススクールやMBA向け教科書では学べない、経営学の最新の知見を紹介するというものだ。そもそもビジネススクールは1年から2年しかなく、全日制ではなく働きながら通う学校も多い。そしてビジネススクールは「研究」ではなく「職業訓練」の場である。これらを踏まえると、ビジネススクールの学生は「定番」かつ「使いやすい」経営学の理論を中心に教わることになる。使いやすいというのは、理論やアプローチがあまり複雑ではないシンプルなもので、更に出来れば分析作業が「ツール化」されているものを指す。したがってビジネススクールで教わる経営戦略論は長年ポーターの(5F分析に代表される)競争戦略論とバーニーのRBVが2大巨頭なのだが、バーニーはともかくポーターの『競争の戦略』なんて1980年に出版された本なのだ。その後も世界中の研究者が膨大な量の研究成果を蓄積しているにもかかわらず、である。もちろんビジネススクールの目的を考えると、それは必ずしも間違いではない。しかし世間で誤解されているようにMBAの教科書だけが経営学の知見というわけではないし、最新の知見にも興味深いものがあるぜ……というのが前作と今作に共通するスタンスであると言って良い。

さて、肝心の内容についてだが、同族企業は実は経営手法として悪いものではないとか、成功するリーダーに共通する「話法(話し方や言葉の選び方)」とか、タバコ部屋の有用性とか、本書に書かれた最新の知見には色々と興味深いものが多い。中でも、個人的には第12章の「『世界がグローバル化した」「フラット化した」を疑え」と、第13章の「日本企業に、ダイバーシティー経営は本当に必要か」が白眉である。どちらも内容をしっかり紹介したい欲望が沸き起こってきているのだが、この2つの章は是非とも直接読んで驚いてほしいので、紹介や引用は控えておく。書籍を手に取る誘因材料として、著者による興味深い指摘を(全体像ではなく)ひとつずつ紹介するにとどめたい。

  • 第12章:グローバル化・フラット化・ネットワーク化した現代においても、依然として国家間の距離が貿易量に与える影響は大きく、しかもそれは「アニメ」「ゲーム」「ポルノグラフィー」といったデジタル・コンテンツにおいて顕著である(距離的に近い取引が好まれる)。
  • 第13章:研究者の間で近年「ダイバーシティーには二つの種類があり、その峻別が重要である」という大まかな一つの合意が形成されてきた。その二つとは「タスク型の人材多様性」と「デモグラフィー型の人材多様性」である。

もうひとつ、経営学の知見と同じぐらい個人的に興味深かったのは、本書では「メタ・アナリシス」という研究手法がフィーチャーされていたことだ。メタ・アナリシスとは簡単に言えば、過去の実証研究を複数集めて、さらにまとめて分析することだ。複数の統計データの条件を揃えて更に統計的に分析する、と言い換えても良い。正確を期すために本書の説明を引用しておく。

 メタ・アナリシスとは、「過去の統計分析の結果を、さらに統計的に総括する手法」とご理解いただければいいと思います。第1章で述べたように、現代の経営学は、データを用いた統計分析が重視されています。経営学者は、何百、何千、何万といった企業・組織・個人のデータを集め、ある経営法則が一般に広く当てはまるかどうかを検証します。
 とはいうものの、同じ法則でも、その実証分析の結果が論文ごとに同じとは必ずしも限りません。実証分析は、データの対象期間や対象産業・対象国が違ったり、論文ごとに細かい分析手法も異なったりします。そういった差異が、結果に影響を与えるのです。
 例えば仮に、「企業が他企業を買収した場合、一般に買収した側の企業の業績は低下する」という法則を実証分析した論文が100本あったとします。そのうちの、60本はその法則を支持し、残りの40本は支持しなかったとき、私たちは結局「この法則は支持されている」と見なせばいいかは、微妙なところでしょう。
 このような問題を解決するのが、メタ・アナリシスです。
 先の例なら、各論文で検出された主要な統計量(回帰分析の係数、相関係数、決定係数など)を100本の論文から取り出します。そして、その100の結果全体で、本当に「100本全ての論文の総括として、M&Aは業績にマイナスなのか」を検証するのです。結果として、統計的に有意な結果が出れば、「過去の経営学の研究をまとめあげた結果としては、『M&A(合併・買収)は買収企業の業績にマイナス』という法則が支持される」、といえるのです。

メタ・アナリシスのような研究アプローチが「使える」のは、再分析に値するしっかりとした論文や調査データが日々蓄積されていることでもある。元ネタが質量共にヘボであれば、メタ・アナリシスが「使えない」ことは明白だからだ。