インキュベ日記

書評2700冊・漫画評4000冊・DVD評400枚の「質より量」な記録サイト(稀に質も重視)

鳥谷敬『キャプテンシー』

キャプテンシー (角川新書)

キャプテンシー (角川新書)

一流のスポーツ選手が人々に認知され始めると必ずと言って良いほど出版する、半生を振り返りつつ自身のモットーや重要視する考え方・こだわり・スポーツに対する考え方などを開陳する本、わたしはこの手の本にほとんど興味を持ったことがなかった。この手の本に飛びつくのは、どうもワイドショー的な野次馬根性を発揮するみたいに感じていたからである。そしてそれ以上に、この手の本にはどうせ毒にも薬にもならない綺麗事が書かれているだけだと思っていたからである。

しかし、その考えは、菊池涼介『二塁手革命』と、本書『キャプテンシー』を読んで、完全に覆された。これからはスポーツ選手や棋士といったアスリートが書いた本を積極的に読んでいきたいと思う。
incubator.hatenablog.com

さて、『二塁手革命』については上記のリンクで感想を読んでいただくとして、本書がのっけからなかなか凄い。まず第一章が「『覇気がない』と言われ続けて」という異様な情念がこびりついたタイトルなのだが、肝心の内容も凄い。

「覇気がない」
 ずっとそう言われ続けてきた。(略)
 たしかに、僕は感情をおもてには出さない。ホームランやタイムリーを打っても派手なガッツポーズをすることはめったにないし、三振したり、チャンスに凡退したりしたときも、悔しさや怒りをあらわにすることはない。淡々とプレーをしているように見えるかもしれない。
 だけど、僕は思う。
「履きを感じさせれば、それでいいのか? やる気があるということになるのか? 感情を出さないと、やる気がないことになるのだろうか?」
 そんなことはないはずだ。

 そもそも、覇気を出したからといって、それだけで試合に出られるかといえばそんなことはないし、やる気を前面に出せば成績が上がるというものでもないだろう。逆に、覇気を感じさせないと成績が下がるということもないはずだ。
 事実、これまで二〇〇〇本安打をマークしたようなバッターの中で、気持ちを前面に出したり、派手なパフォーマンスをしたりした人がどれだけいただろうか。少なくとも僕はあまり見た記憶がない。
 ならば、僕も無理してそんなことをする必要はないだろうと思っていた。結果に対して叩かれるのはしかたがないけれど、それ以外のことを取り上げて批判するのはどうなのかと、正直、思っていた。たしかに優勝していないのは事実だが、その原因を、僕に覇気がないことに求めるのはおかしいのではないかと……。

 ホームランを打っても、タイムリーヒットを放ったときでも、僕が笑顔を見せることはめったにない。ましてやガッツポーズなんて、絶対と言っていいほどしない。
 うれしくないわけではない。打ったときは「やった!」と思う。
 でも、僕は決めている。
「そういうことはしない」
あえて自分を抑えている。(略)
「そんなヒマがあったら、次のことを考えるべきだ」

「声を出せ!」
 練習中、監督やコーチからよく言われる。(略)
 でも、ここでも僕はこう考えてしまう。
「何でもかんでも、声を出していればいいというものでもないだろう」
 (略)だから、声を出していないからといって、「やる気がないのか」と叱責されるのは心外だし、「声を出していればそれでいいのか」と思ってしまうのだ。

 二〇〇七年には、「全力疾走を怠った」として、金本さんから名指しで批判された。(略)
「どうして本塁に突入しないのか。緊張感も集中力も感じられない」
 と指摘されたのだ。
 そのころの僕に、そういう面が少なからずあったことは認める。(略)
 話を聞いて「ああ、そうだな」と素直に納得した。反省した。全力疾走することによって、チームの士気が高まるということも事実だと思う。だから、それ以降。全力疾走を心がけている。
 ただ——いつでもやみくもに全力で走ればいいというものでもないと思う。

上記は、典型的な「合理的」と「シニカル」を履き違えた人間の発言である。そして何事にも「否定」から入る人間の発言である。覇気を見せればやる気があるというわけではない、ひとつひとつのプレーに一喜一憂すれば良いというものではない、声を出せば良いというものではない、全力疾走すれば良いというものではない……それらは全て間違いではないかもしれない。しかし同時に、一流アスリートが今さら言うようなことではないとも思う。これらは全て、思春期に葛藤し、そして大人になるに従って自己解決するレベルの話である。

本書の帯には「僕は僕のやり方で阪神を変える!」と書かれているが、鳥谷本人が認めているように、鳥谷はリーダーの器ではない。そして自分のやり方を変えるとも言っていない。率直に言って、本書のタイトルがキャプテンシーということには強い違和感を覚えるし、鳥谷のリーダーシップレベルでは、金本監督が掲げる超変革の追い風にはならないだろう。まあ、わたし自身は広島ファンなので、鳥谷自身を批判する気はないけどね。むしろ鳥谷がリーダーを続けてくれた方が他球団にとっては有り難いように思う。