岡本裕一朗『いま世界の哲学者が考えていること』

いま世界の哲学者が考えていること

いま世界の哲学者が考えていること

入山章栄の『世界の経営学者はいま何を考えているのか』や『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』がブレイクして以来、アカデミズム領域は「スタンダードな解説書」でも「極端に易しくした解説書」でも「本格的な解説書」でもなくて、「最先端の研究内容を浅く広く解説した本」が流行ると思っていたのだが、まだあまりその傾向がない。
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でも、それは編集者の怠慢である。

預言しよう。

このアプローチは絶対に売れる。

一般の読者にはほとんど進化の見えない領域、手垢のついた領域ほど効果的だ。

例えば考古学はどうだろう。エジプトのピラミッドは凄いよね、王様凄かったね、という程度では誰も喜ばない。しかしピラミッドが実は奴隷が鞭を打たれながらヒーヒー言って作った建築物ではなく、そもそもピラミッドの建築は巨大な公共事業で、出勤簿や有給の概念があったと聞くと、ん、そうなのかと知的好奇心がくすぐられる。少なくともわたしはそうだったのだが、これはもう10年か20年も前に聞いた話である。今のピラミッド研究の最先端はどうなっているのだろう。そもそも考古学の潮流とは何なのか、そして最先端とは何なのか? わたしは凄く気になる。

もうひとつ、例えば美学はどうだろう。美とは何か、認識とは何かを探求するクソマニアックな学問だが、その最先端はどうなっているのか。美術批評でもいい。ピカソの次は、スーパーフラットな村上隆の次は、会田誠や奈良美智の次は一体何なんだろう。

他には……文学はどうだろう。最先端の文学批評とは果たしてどのようなものか? 筒井康隆『文学部唯野教授』から果たしてどの程度理論は進化したのか? 民俗学でも歴史学でも政治学でも良い、最先端の知の現場では一体何がテーマになっているのだろうか?

……というところで本書である。哲学は元「ザ・学問」「キング・オブ・学問」であったが、今となってはインテリの自己満足と化した学問と捉えられている。いや、わたし自身がそう思っているのだ。「カントぐらい読まなくては」「ヘーゲルぐらい」「デリダぐらい」「…ぐらい」と教養主義者たちは責め立てるが、全くその必要性を感じない。読んだからどうだと言うのだ。アクチュアルな魅力がないではないか……とわたしは思っていたのだが、本書を読んで得心した。カントやヘーゲルは哲学ではなく、哲学学なのだ。最先端の哲学は、アクチュアルな問題を取り扱っている。

本書曰く、世界の哲学者の問題意識は大きく6つにまとめられると言う。

  1. 哲学は現在、私たちに何を解明しているか?
  2. IT革命は、私たちに何をもたらすか?
  3. バイオテクノロジーは、私たちをどこに導くか?
  4. 資本主義制度に、私たちはどう向き合えばいいか?
  5. 宗教は、私たちの心や行動にどう影響を及ぼすか?
  6. 私たちを取り巻く環境は、どうなっているか?

どのテーマもアクチュアルだ。そしてSF的だ。一見すると到底これが哲学とは思えないのだが、本書を読むと哲学らしい切り口は確かに残っている。語り口は穏やかであるものの、極めて挑戦的な一冊である。

余談

わたしは以前、「フレームワーク本のブームの到来」を預言したことがある。この後、フレームワークに関して知りたいというニーズがどんどん増え、その流れに気づいた勝間自身もフレームワーク本を出したし、世の中にはフレームワーク本が溢れた。フレームワーク本のブームは明らかに勝間が源流である。
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