柴田義松『ヴィゴツキー入門』

ヴィゴツキー入門 (寺子屋新書)

ヴィゴツキー入門 (寺子屋新書)

「心理学におけるモーツァルト」と称され、心理学や教育学の分野で再評価がなされている夭逝した心理学者・ヴィゴツキーの入門書。非常にわかりやすい言葉で書かれているけれども、あくまでも心理学の入門書であり、興味のない方には辛いかもしれない。もちろんわたしも一言一句に至るまで完全に理解したというわけではないが、ヴィゴツキーの「発達の最近接領域」理論は心理学の門外漢にとっても極めて有用な概念だと直感した。

発達の最近接領域理論とは、わたしなりにまとめると「子供の発達状態を知るときに、成熟した機能(現下の発達水準)だけでなく、今まさに成熟しつつある機能(発達の最近接領域)を見なければならない」というものである。具体的にどういうことを指すのか、本書で紹介されていた子どもの知能テストの例を紹介してみたい。

 従来の知能テストは、子どもの知能の「現下の発達水準」を見るものです。そのため、子どもが自分一人で、独力で解いた解答を指標として評価します。そこでは、当然、他人の助けを借りて出した答えは、何の価値もないと見なされていました。
 ところが、ヴィゴツキーは、子どもの発達過程を真にダイナミックな姿としてとらえるためには、このような解答をこそ大切にしなければならないと考えたのです。
 実際に、ヴィゴツキーはこんな実験をしました。二人の子どもをテストし、二人とも知能年齢が八歳だったとします。この子どもたちに、八歳より上の年齢のテストを与え、解答の過程で誘導的な質問やヒントを出して、助けてやります。すると、一人は十二歳までの問題を解き、別の子どもは九歳までの問題しか解けないということのあることがわかりました。
 他人の助けを借りて子どもがきょうなし得ること(引用者補足:今日為し得ること)は、明日には一人でできるようになる可能性があります。
 このことから、最初の知能年齢、つまり子どもが一人で解答する問題によって決定される「現下の発達水準」と、他人との協同のなかで問題を解く場合に到達する水準=「明日の発達水準」との間の差異が、子どもの<発達の最近接領域>を決定する、とヴィゴツキーは主張しました。

わたしは上記を読んで、これは子供の直近の「成長余力」を具体的に定義したものだと理解した。

この概念は、子供だけでなく大人においても十分に応用可能な概念であろう。しかも様々な切り口で応用できそうだ。例えば、職場において同じだけの知識や能力しか持たない人間が2人いるとして、しかしその2人が他人との恊働において為し得る成果は異なるはずである。また、上司の支援が要らなくなるまでの期間(=上司の支援を消化して担当業務を自家薬籠中のものとできる期間)も、人によって全く異なるはずである。これらは従来「センス」だの「伸びしろ」だの「キャッチアップ期間」だのといった言葉で漠然と表現されてきたが、大人の熟達における概念も、実は心理学の有名な概念を使えばもっとスマートに整理できるかもしれない(もちろん子供の発達過程と大人の熟達過程は似て非なるものであり、学術理論をそのままビジネスに当てはめて悦に入るつもりもないが)。