- 作者: 小川哲
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2017/12/28
- メディア: Kindle版
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『世界の涯ての夏』には作者のインタビューが載っていたのだが、本書には東浩紀・小川一水・神林長平の選評が載っていた。インタビューはともかく選評は載せなくて良いだろう。今まさに読んだ本を、売り手が「小粒だ」とか「つまらん」とか書いているのはどうかと思う。興醒めする。それに別の本の選評も興味ないし。
内容?
内容はまあまあです。
情報社会が進展して、生体情報が売り買いされる近未来が舞台である。モンスター企業が街そのものを買い取って、そこに住む人を「テスター」のような形にして募集をかける。審査が通り、そこで暮らす資格を得た人は、食べたものから移動した距離や場所、おしっこやうんこの情報まで、全ての生体情報が企業に収集される。その代わり、高級マンションに住めて、働かなくても暮らせるだけのお金をもらうことができるし、その気があるならさらに働いてお金を増やすこともできる。要はプライバシーを全面的に明け渡す代わりに便益を得るということなのだが、これは正直、SFと言えるかどうか。なぜなら、ここで描かれている社会は既に半分以上2018年現在でも実現されているからだ。バンドをはめて健康情報を収集され、検索履歴やアクセス履歴や位置情報をGoogleその他に収集され、購入履歴はAmazonに収集されている。交通機関の利用情報やSuicaの利用情報はマーケティング情報として既に企業に売買されている……これを生体情報の売買と言わずして何というのだろう。
本書に出てくる「情報等級」という概念もまた然り。要は、海外に行ったりせずに生体情報をきちんと提供してくれる人や、生体情報の提供に批判的な思想を持ったり行動したりしない人は、情報等級が高くなり、得られる収入が増えたりするのだが、これも既に半分以上が既に実現されている。例えば、急ブレーキや急発進など、いわゆる「運転の荒い人」を運転履歴で見分け、格付けし、運転のスムーズな人は事故率も低いだろうというので月々の保険料が少なくなるという自動車保険がある。また、企業が収集・判定した生体情報を基に健康年齢を判定し、健康年齢が若ければ病気になる可能性も低いよねと言うので月々の保険料が変わる保険なども発売される見込みである。これも、情報等級の仕組みや、情報等級を前提とした生体情報の明け渡しそのものである。
まとめよう。内容を「まあまあ」と書いたのは、本書の世界観は確かにリアルなのだが、リアルすぎてSF的な想像力・創造力があまり足りていないというか、現実と地続き過ぎてジャンプが足りないとわたしは思う。下手したら5年後か10年後には実現されているような未来で「SF」と言われても、ちょっとスケールが小さくないかと思ってしまう。