佐藤優『紳士協定 私のイギリス物語』

紳士協定―私のイギリス物語―(新潮文庫)

紳士協定―私のイギリス物語―(新潮文庫)

佐藤優の自伝的シリーズのひとつ。大学と大学院でチェコの神学者・フロマートカに惚れ込んだ佐藤優は、チェコのプラハで神学を学ぶために外交官を目指す。しかし外務省からはチェコ語ではなくロシア語を学ぶよう命じられ、しかも日本と当時のソ連の関係はあまり良くなく、ソ連では語学学習の効率が悪いため、イギリスで英語とロシア語をみっちり研修することになる……そんなアウトラインである。

佐藤優はそこで語学学校から割り当てられた家庭にホームステイすることになり、グレンという少年と出会う。中流階級の下層(いわゆるロウアーミドルであろうか)に属するグレンの家では、両親も兄も姉も大学には行っておらず、また大学は金持ちが行くものだと思っている。そのような中、グレンは勉強できて、かつ知的好奇心があるので、グラマースクールという進学校に通っている。しかし彼は、自分のことを本当に相談できる友達が犬のジェシーしかいなかった。孤独なのである。そのような中、佐藤優はグレンを子供扱いせず、対等な人間として扱う。そして2人は、年齢や立場や人種を超えた友情が結ばれる。いや、ある意味では単なる友情を超えた「紳士協定」が結ばれたのだ。書名にもある「紳士協定」は、ここから来ている。

しかし本書を読み終えた人間は、この「紳士協定」という言葉が、必ずしも美しいだけの言葉ではないことを知っている。佐藤優は、イギリスを離れた後、ソ連に赴任し、第一線で働く。毎日深夜まで働き、語学の勉強もし、ライフワークである神学の勉強も行う。ハードワークと言って良いだろう。そしてグレンとの手紙のやり取りが次第に疎遠になる。佐藤優が忙しすぎたからである。そして5年後に再会したグレンは、結局大学に通うのを止め、ガスの検針員として働いている。グレンからの手紙には、大学進学について、何度も佐藤優への相談が寄せられていたのだが……。こういうものは、色々な巡り合わせで決まるものであるし、佐藤優が何か悪いことをしたわけではない。しかし、読後感は少々ほろ苦い。佐藤優本人としては、ちょっとした後悔というか心残りのようなものがあるのだろう。

なお、補足するならば、これはグレン個人の問題ではないと思う。成熟し尽くした社会において、階級の移動というものがいかに困難であるかというものを示した好例であるとわたしは感じた。優秀で勉強好きな人間が、結局、悩んだ末、ガス検針員としてブルーワーカーとしての人生を選び取る。個人としての幸・不幸はもちろんわからない。しかし社会としては損失であろう。一般論として、わたしは知的好奇心のある人間が大学や大学院で学び、そして知的強度の高い職に就くべきだと思う。

もうひとつ重要なのが、「武藤」という研修生時代の友人との友情。グレンとの友情物語が本書の縦糸だとするならば、武藤との友情物語が本書の横糸になる。

武藤も佐藤優と同じく外務省官僚としてロシア語を学ぶのだが、佐藤優はノンキャリア、武藤はキャリアという違いがあった。あったのだが、その差を超えて、2人はイギリスとロシアで貴重な友情を育むことになる。しかし佐藤優はあまりにも外交官として人間関係に深く入り込もうとし過ぎたようだ。それは外交官としては強みである一方、リスクでもある。ロシア情勢が激動する中、政治的に利用されるのではないかと武藤は佐藤優に警告するが、佐藤優はそんなことなどないと武藤に反論する。結果、2人は何となく疎遠になるのである。

その後、まさに武藤の警告どおり、佐藤優は「政治」に巻き込まれ、外交官としてのキャリアを終えてしまう……。

非常に面白いノンフィクションである。個人的には必読。