冷泉彰彦『トランプ大統領の衝撃』

トランプ大統領の衝撃 (幻冬舎新書)

トランプ大統領の衝撃 (幻冬舎新書)

「アメリカ・ウォッチャー」として個人的には大変貴重な存在である冷泉彰彦の著書。

トランプ大統領の誕生後すぐに出された本で、やや雑な感じは否めないが、個人的にはトランプ大統領がなぜ誕生したかの考察が非常に興味深かった。例えば、トランプ大統領は保守的で差別大好きで知的ではない貧困層が支持していたというステロタイプなイメージがある(あった)が、実のところ「中の上」や「富裕層」も多く投票していたわけだ。このギャップを解明しないことには、トランプ大統領が誕生した理由もわからない。著者はいくつかの仮説を提示しているが、個人的にもいくつか「なるほど」と思える点があった。

まず、トランプは、単に貧困層の憂さ晴らしとして票を集めた訳ではなく、現状に不満を持っていたり後がなかったりする人の支持を幅広く集めたという仮説である。例えば、ヒラリーは「学び直しの機会を提供する」と正論を述べたが、これはどこまで行っても正論なのだ。仕事で疲れているのにこれ以上学びたくないよという人もいるし、仕事に育児に介護に地域づきあいと既に十分に忙しいのに少々金を援助されたところでこれ以上学ぶ時間など取れないという人もいる。そもそも勉強が嫌いだったり苦手だったりする人もいるだろう。アメリカは日本よりもはるかに就業上の年齢差別は少ないので、本人に学ぶ意志があれば新たな仕事に就くことは容易である。しかし生粋のトラックドライバーが50歳から経理の仕事を学ぶかと問われても、それはちょっと難しいし、仮に学んでも大した地位にはつけないだろう。トランプは、こうした正論に反感を覚える人に対して「その反感わかります、私は知的ではないし、知的でない人が好きです」と言ってのけたのだ。それはどこまで行ってもポピュリズムかもしれない。これが言える偉大なる凡庸さを持った政治家は、これまで大統領レースには登場してこなかった。

次に、トランプは過激な政策や発言を次々にブチ上げたが、あれらは「比喩」であり、「言葉通り」に受け取ってはならなかったという仮説である。メキシコとの間に壁を作るという話は日本でも話題になったが、トランプ就任後2年が経っても未だに作られないし、作られる気配もない。結局あれは、本当に作るわけではなく、メキシコからの移民によって職が奪われた人の心情を「比喩」によって代弁しただけなのかもしれない。

さらには、実際にはトランプ支持だったにも関わらず、各種アンケート調査ではヒラリー支持と回答していた人たちが多くいたという仮説。これもよくわかる。下品で差別的で非知的な存在がトランプだが、それ故に「スカッとして」こいつに一度やらせてみたい、あるいはどうせヒラリーが当選するだろうが自分はトランプに投票してみよう、と思った人が多くいても驚くには当たるまい。しかしそれを公に表明するのは躊躇われる。自分が下品で差別的で非知的な存在だと表明するようなものだからだ。だからマスコミや各種団体の調査は、ことごとく、実態のトランプ人気よりも下に数字が出ていた……そういう仮説である。これも頷けるものがある。

基本的にアメリカでは、一度大統領に就任したら8年間大統領を続けているイメージだが、このまま行くとトランプも4年間ではなく8年間大統領を続けることになるだろう。何だかんだで今もそれなりの支持率を集めているからだ。というか、トランプが大統領に就任することで地獄のような世界が待っているのかと人は怯えたが、今のところ「ほどほど」の世界でとどまっている。これは何を意味するのだろう? 結局、誰がやっても一緒ということなのか?