米澤穂信『夏期限定トロピカルカフェ事件』

夏期限定トロピカルパフェ事件 小市民シリーズ (創元推理文庫)

夏期限定トロピカルパフェ事件 小市民シリーズ (創元推理文庫)

米澤穂信の作品群の中で、いわゆる「小市民」シリーズと呼ばれているものの、第二弾。

シリーズ第一弾は「春期限定いちごタルト事件』で、続編である本作も紙媒体で買っていたはずなのだが、どうも気が乗らず、7年以上も未読のまま結局紙媒体は手放してしまっていたようだ。この度、『春期限定いちごタルト事件』をKindleで読み返したので、本書に再挑戦した次第。と言っても、正直『春期限定いちごタルト事件』を再読して面白かったかと問われると、今回読み返してみても以前のブログの感想とあまり変わらず、ちょっとピンと来なかったんだよな。キャラの強烈さに否応なく引かれた(≠惹かれた)のは確かだが。

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それでも続きを読もうとしたのは、古典部シリーズも最初はピンと来ていなかったけれども途中から面白くなったので、これも面白くなるかなーと単純に思った次第である。で、本書『夏期限定トロピカルパフェ事件』まで読んで何となく面白さがわかってきたというか。

主人公は、彼の言葉でいうところの「知恵働き」が得意だ。もっと端的に言うと自分は頭が良いと思っていて、他人の喋ることのオチがすぐわかったり、他人が悩んでいる謎の答えがすぐ見えたりするそうだ。で、小学校や中学校の時代にはそれを鼻にかけ、賢しらに他人をやり込めたり謎解きを披露したりもしたそうだ。だが、自分が良かれと思って他人のために知恵働きを披露した場合でも、喜ばれるばかりではなく不審に思われたり、逆に嫌われたりすることも多々ある。それで主人公は何かしらひどく傷ついたらしく、その結果、高校生活は「小市民」をコンセプトに、現状を肯定して何も変化しない、面倒事に一切関わらず、知恵働きも一切見せない、という生活を送ろうとする。そして実はヒロインはヒロインで「復讐」という謎の行為に惹かれ、自分に悪意を持って近づいた人間や害を及ぼした人間をそれ以上の徹底さでやり込めることに喜びを感じていたそうだが、やはり主人公と同じく小市民コンセプトを高校生活では目指そうとする……とまあそういうアウトラインである。

わたしは正直「知恵働き」「復讐」「小市民」いずれも魅力に乏しく、下らない人間像だなと思っているのであるが、『夏期限定トロピカルパフェ事件』まで読むと、わたしの中での印象が少し変わってきた。ヒロインはともかく主人公は、知恵働き、すなわち謎解きに取り憑かれた賢しらな自分を、ただ単に「過去の嫌な自分」として捉えているわけではないことがわかる。自分の欠点である同時に、自分の本質であることを理解している。謎解きを披露する自分が否応なく高揚していることも理解している。で、それを乗り越えようとしているのである。つまり小市民へのアプローチは、物事を斜めに見た中二病丸出しな隠居生活ではなく、より良い人間になろうとするための主人公なりの苦闘なのだ。

わたしは思う、これは「思春期ならではの悩み」では全然ない。大人になっても、いや大人こそ、自分の本質的な部分が何かしらの欠点として周囲に作用する時に、それをどう乗り越えようか深く悩んだりするのではないだろうか。もちろんその乗り越え方が「小市民」なのかという疑問はあれど、今が、主人公が未熟なひとりの高校生であるが故の試行錯誤プロセスの真っ只中なのだとすれば、そのことにもいずれ気づくのではないかと思う。