いがらしみきお『ぼのぼの』41巻

ぼのぼの(41) (バンブーコミックス 4コマセレクション)

ぼのぼの(41) (バンブーコミックス 4コマセレクション)

奇才・いがらしみきおによる、森に住む動物たちを描いた四コマ漫画。Wikipedia曰く「不条理ギャグと哲学とほのぼのが融合した、独特の作風」とのことだが、言い得て妙である。タイトルであり主人公(ラッコ)の名前でもある「ぼのぼの」は当然「ほのぼの」から来ているが、単なる「ほのぼの」だけでない深みがある。

さて、変わらない世界を描いてきたと思われがちな『ぼのぼの』であるが、以前の感想でも書いたように、30年に及ぶ連載の中で幾つかの事柄は変わっている。特に最近では、作者の加齢に伴う影響か、「老い」をテーマとしたエピソードが増えてきた。わたしが『ぼのぼの』の中で最も泣いた36巻も「老い」をテーマとしている。
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もうひとつ、ぼのぼののおかあさんのことはこれまで不自然なほどに描かれなかったが、この41巻で初めて本格的に語られた。これも変わったことと言って良いだろう。作品の構造を全て解説してしまうと読む楽しみが薄れてしまうのだが、少しだけ説明したい。

ある日、ぼのぼののおとうさんは、海でクジラを見かける。もう自分で泳ぐ力が残っていない、「クジイさん」という年老いたクジラだ。クジイさんを見た瞬間、おとうさんは思い出す。

おかあさんのことを。

おとうさんがまだ独身だった頃、しかもおとうさんが「おとうさん」ではなくて「ラッコさん」や「ブライアンくん」と呼ばれていた頃、「ホエル」というクジラがおとうさんの家の近くに来たことがある。しかしクジイさんと違ってホエルは元気に世界中を旅していて、たまたま近くに寄ったのだ。そしてホエルはラコさんというラッコの女性と一緒に旅をしていた。このラコさんが、ぼのぼののおかあさんなのである。この頃は森にもほとんど行ったことのなかったおとうさんだが、ラコさんを案内するために、森にも入ることになる。海の生物であるラッコが森に入るきっかけを作ったのは、ラコさんということになるだろう。そしておとうさんはラコさんと少しずつ仲良くなっていくのだが、ホエルについてのあることをきっかけに、ラコさんは病気になってしまうのだ。

悲しみという病気に。

それからはおとうさんとおかあさんの一番楽しい日が続いた
いろんなところにでかけて
いろんなものを食べ
いろんなお話をした
そしてお腹の中にボクがいるのがわかった頃
おかあさんはとても幸せそうだった
でもおかあさんは幸せになればなるほど
悲しくなって行ったのだ

おとうさんはおかあさんに語りかける。

「またホエルのことを 考えて るのかい?」(略)
「ホエルだって ラコさんが幸せになったら喜んでる はずだよ」


「わかってる」
「わかってるけどどうしようもないの」
「悲しくてしかたないの」


おとうさんはその時思ったのだ
悲しみは病気だって


そんなおとうさんに、クズリのオヤジは言う。

「え? 悲しみを治す薬? ラッコさん、悲しみって病気じゃないだろ」


「でも自分ではどうしようもないから 病気 だと思う」

印象深いところをネタバレしないように抜き出したが、やはり漫画は、文字だけ引用しても力不足だなー。『ぼのぼの』のようなヘタウマ系の漫画でも、いやだからこそ、絵の力は重要だ。もう少し解説すると、要は、おかあさんは、自分が幸せになればなるほど、ホエルは幸せでないのに自分だけが幸せになっても良いのかと考えてしまうようになって、幸せな状況そのものを悲しんでしまっている。現実世界でも稀に見かけるが、これはまさしく病気である。悲しみという病気、そして罪悪感という病気なのだ。

詳しくは41巻を読んでほしい。41巻だけでも理解できるエピソードになっている。

余談

連載30年を迎え、ぼのぼののおかあさんの話で完結するのではないかと予想する人もいたが、まだ続くみたいだな。良かった。4月から再度アニメ化されるようだし、ぜひまだまだ続けてほしい。