インキュベ日記

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未完の傑作漫画5選(22冊)

いつもは読んだ漫画について、好きなタイミングで記録をつけているだけなのだが、たまいは違う切り口で。今回は、様々な理由で(完結していないのに)連載が中断した、未完の傑作漫画を5つ取り上げてみます。全22冊。

① 黒田硫黄『セクシーボイスアンドロボ』1〜2巻

セクシーボイスアンドロボ1 (BIC COMICS IKKI)

セクシーボイスアンドロボ1 (BIC COMICS IKKI)

セクシーボイスアンドロボ #2 (BIC COMICS IKKI)

セクシーボイスアンドロボ #2 (BIC COMICS IKKI)

主人公(ニコ)は「スパイか占い師になりたい」という夢を持っている中学3年生の女の子です。ただしスパイや占い師という彼女の夢は必ずしも現実離れしたものではありません。彼女は「七色の声」を操れるという山寺宏一的な特殊技能を持ち、この特殊技能を武器にテレクラのサクラをして日々観察眼(観察耳)を磨くことで、電話口で相手の声を聞くだけで年齢や性格・容貌まで判断できるまでになっているからです。そして彼女のスキルに着目したある老人がニコに様々な依頼をするようになる——というのが本作の基本的なストーリーラインです。

言い忘れましたが、ニコは「セクシーボイス」というコードネームを名乗って依頼を受けるようになり、ロボという間の抜けた(しかし憎めない)非モテな兄ちゃんを助手に依頼をこなすようになります。だからセクシーボイスアンドロボ。

ニコは(ロボを上手くこき使いながら)老人の依頼を着実にこなしていきますが、ある事件をきっかけに、気づきます。単に「ちょっと変わった面白いこと」をやっているだけではなく、自分が裏の世界に足を踏み入れていることに。また普通の女の子に戻るつもりならば、もうそろそろこの辺が折り返し点であることに。そしてニコはある「選択」をします。選んだのか、選ばれたのか。そして物語が大きく動き出す……はずが、唐突に中断します。そしてもう10年もニコの物語は綴られぬままなのです。

その理由を私は知りません。黒田硫黄は病弱なので「体調不良説」も考えられたのですが、体調が復活した後も本作を描くことなく、別の作品を描いています。2巻までしか発売されていませんが、この物語は、もっと世界を広げることも、もっと深く潜ることもできたはずです。個人的には最も再開が待たれる作品ですね。

② 玉置勉強+坂井音太『ちゃりこちんぷい』1〜2巻

ちゃりこちんぷい 1 (ヤングジャンプコミックス GJ)

ちゃりこちんぷい 1 (ヤングジャンプコミックス GJ)

ちゃりこちんぷい 2 (ヤングジャンプコミックス)

ちゃりこちんぷい 2 (ヤングジャンプコミックス)

軽音部に入ったものの「イマイチ感」に悶々とする高校男子が、放課後の第二音楽室でブルーズのセッションに興じている3人の高校女子と、奇跡っつか偶然のボーイ・ミーツ・ガールズを果たします。その中でもブルーズギターを掻き鳴らす女子のギターテクは物凄く、男子高校生はすぐさま軽音部を捨て台詞と共に退部し、ギター女子にバンド結成を持ちかける……そんなプロローグ。ここから普通の(?)音楽漫画だとバンドを組んじゃったりするわけですが、このギター女子は極度の上がり症なので、バンドを組んで人前でギターを弾くなんてとても無理! ということで、激しく拒絶されてしまいます。とはいえ高校男子は既に(捨て台詞を吐いて)軽音部を退部した後なので、今さら軽音部に戻るわけにも行かず、高校男子1名と高校女子3名は放課後にウダウダ話をしながらブルーズのセッションに興じることになる……そんな日常漫画とも音楽漫画とも言える(あるいは言えない)漫画です。

要は、3人の女子高生が放課後の第二音楽室でダベったり時々セッションをしたりする漫画……こう書くと一瞬『けいおん!』を思い浮かべます。実際、基本的にはユルい雰囲気の漫画です。しかし作品の性質は完全に別物です。彼女たちは学校空間に決定的に馴染めていません。3人とも性格や置かれた状況は異なりますが、退屈で孤立した、息の詰まる毎日を過ごしています。放課後まで全力で死んだふりして力を溜めよう……そんな逃がしどころのない鬱屈を、3人はブルーズの歪んだ音に乗せて吹き払うのです。

このカタルシスと言ったら!

ポイントはブルーズです。ブルーズはジャズのルーツに当たるそうですが、ブルーズは(少なくとも本作において)基本的なコード進行や音階を基に即興的に演奏するジャンルだと解されています。女子高生とブルーズという組み合わせは一見奇抜ですが、黒人への過酷な差別の中で生まれたブルーズと、学校やクラスに溶け込めない女子高生には、避け難い共通点があります。そうした共通点と、玉置勉強の描く女の子の「可愛い」だけでない「時折見せる目や表情のイカレ具合」が、がっちりと噛み合います。逃げ込んだ第二音楽室で、彼女たちは思い思いの楽器(リゾネーター・ギター、ブルースハープ、ピアノ)を手に、時に楽しそうに、時に鬼気迫る形相で即興(インプロヴィゼーション)に興じます。3人は、迫り来る鬱屈をブルーズによって何度も振り払いながら、少しずつお互いを深く知り合い、学校外でも遊ぶようになります。

そして……物語は中断されるのです。

中断の原因は(Twitter等のネット情報を総合すると)漫画家の玉置勉強が原作者(坂井音太)と揉めたためと思われますが、本当に残念です。原作者によるブルーズの日本語訳も渋く、良いタッグだったと思うのですがねえ。再開してほしいです。

なお思い返すと、私は楽器を(ごく一時期を除き)演奏しませんが、学生時代には一晩中(あるいは何百回と)音楽を聴いていた時期がありました。今思えば、その頃は私も(思春期の他の多くの人たちと同様)強い閉塞感や、逃がしようのない感情を抱えていました。その頃の私は今よりもずっと激しい曲や重く沈み込む曲を好んでいましたが、そうした曲の世界に入り込むことで外界の些事を少しずつ忘れ、自分自身と対話する時間を確保し、逃がしようのない感情と少しずつ折り合いを付けていったのだと思います。音楽によって救われたと言えば大袈裟に過ぎるでしょうか。でもその感覚を理解できる方は多いと思います。

③ 伊藤悠+佐藤大輔『皇国の守護者』1〜5巻

漫画読みの中でカルト的な人気を誇っていた、佐藤大輔『皇国の守護者』の漫画版です。いわゆる仮想戦記というジャンルで、要は架空世界の架空の戦争を克明に描いた戦記物と言えるでしょう。友人に薦められて手に取った結果、あっさりとハマってしまいました。人と龍が共存したり、サーベルタイガーのような虎を従えた「剣虎兵」がいたりと、なかなか設定としても同窓生がありました。しかし、(一時期ブームになったので覚えている方も多いでしょうが)こちらも「漫画家と原作者が揉めたパターン」で終わってしまいました。もっとも、『ちゃりこちんぷい』とは違ってトラブルの火元は原作者(佐藤大輔)の方だと言われています。けっこう気難しい人のようですね。

なおWikipediaによれば「『諸事情』により終了」と書かれており、正確には未完ではないということになるかもしれませんが、絶大なる人気と続きのストーリーがあるのに、中途半端な形で連載を終了させてしまっているのですから、私の中では未完と位置づけています。

④ 中島徹『玄人のひとりごと』1〜11巻

玄人(プロ)のひとりごと コミック 1-11巻セット (ビッグコミックススペシャル)

玄人(プロ)のひとりごと コミック 1-11巻セット (ビッグコミックススペシャル)

「プロのひとりごと」と読みます。この漫画は、地味な漫画雑誌(ビックコミックオリジナル)の地味な位置で地味に連載されており、決して大きく注目されることはありませんでした。しかし毎号毎号ほとんど外れのない、イチローも真っ青の安定株として、楽しみにし続けていた漫画です。

主人公(南 倍南)はプロ雀士なのですが、何事にもコダワリが強い、自称玄人(プロ)です。初期は麻雀に対してのみ「玄人(プロ)」を気取っていた主人公ですが、まあインチキも結構やります。そして中期以降は世の中の様々な事象に幅広く玄人(プロ)を気取るようになります。街で出会った人々を素人として下に見て「プロ」として見栄を張ったり、他のプロと張り合ったりする……というのが基本的な笑いの構造です。こう書くと「いけすかない主人公」タイプかと思われそうですが、決して憎めないし、実は常識も持ち合わせていてツッコミ役にもちょいちょい回るという、絶妙のキャラ設定です。つまり主人公の滑稽さや憎めなさを笑うタイプのギャグ漫画で、スラップスティックにも近いですね。ナンセンス系の漫画とは違い、多くの人がフフッとなるのではないでしょうか。私の中ではこれまでの人生において最も笑えるギャグ漫画家のひとつでした。

この作品の中断の理由は、作者の死亡です。大腸癌により47歳で亡くなりました。画風が画風だけに、もう20歳ぐらいは上かと思っていたのですが、実際の作風は年齢を感じさせない、またキャッチーさのある、普遍的なものでした。若くして亡くなったことに非常に驚いたのを覚えています。病気さえなければ、あと20年は私たちを楽しませてもらえたのかと思うと、返す返すも残念です。こういう毒にも薬にもならず、でも安易でも衆愚でもなく、そして誰を傷つけることもなく毎回笑わせてくれる漫画というのは、実は貴重なんです。

⑤ 青山景『よいこの黙示録』1〜2巻

よいこの黙示録(1) (イブニングKC)

よいこの黙示録(1) (イブニングKC)

よいこの黙示録(2) (イブニングKC)

よいこの黙示録(2) (イブニングKC)

小学校のクラス(4年2組)を舞台に、小学校に「宗教」を成立させるという野望(?)を持った少年と、教祖となった少女、彼らを受け持つことになった新人教師、(インチキなのだが)少女の奇跡を目の当たりにしたクラスメート、それぞれが漫画内で描写されています。すなわち小学校における「宗教」の成立過程を描くという、非常に突拍子もない、そして野心的なモチーフの漫画です。これがギャグ漫画なら話のイメージも付きやすいのですが、あくまでもシリアス漫画として描かれる点に、作者のスケールとセンスを感じていました。

しかしこの作品も作者の死亡(自殺)により中断され、未完となりました……。

この作品は、より正確には「未完の傑作漫画」というよりも「傑作漫画になってもおかしくなかった未完漫画」という(私の中での)位置づけなのですが、あえてラインナップに入れました。彼の作品にはデビュー直後から注目し、全てのコミックスを持っていたんですがねえ。