続・未完の傑作漫画 1巻は出たのに一向に2巻が発売されない続き物の漫画5選+1選(6冊)

人気がないのか、続きを描く気がないのか、掲載雑誌が潰れたのか……いずれにせよ「1巻」とナンバリングして発売したのに、一向に「2巻」が発売されず、結果的に単巻コミックスになっている漫画が世の中には存在します。今回はそんな傑作漫画を5つほど取り上げます。なお以前「未完の傑作漫画」を5つ取り上げたことがありますが、その姉妹編と考えていただいて結構です。

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① 的場健『まっすぐ天へ』1巻

まっすぐ天へ 1 (モーニングKC)

まっすぐ天へ 1 (モーニングKC)

  • 作者:的場 健
  • 発売日: 2004/04/23
  • メディア: コミック
近年の宇宙モノの漫画には、面白い作品が多いです。漫画家の想像力や思いや構想力が、上手い具合に作品の品質へと結晶化するモチーフなのだろうと思います。特に2000年代の前半から半ばに、『プラネテス』『ふたつのスピカ』『MOONLIGHT MILE』を始めとして、様々な立場で宇宙を目指す人々の思いを描いた正統派SFの傑作漫画が並び立つ、幸せな時代がありました。本作もその系譜に位置づけられるべき傑作です。

主人公は例によって宇宙に憧れ、宇宙飛行士になるという夢を抱えた少年でした。そして彼は実際そのための努力もしましたが、視力が0.1以下である主人公は開発側に回るという選択をします。自分の努力により宇宙開発技術が進化すれば、自分のように宇宙飛行士としての才能に溢れていない者でもいつか宇宙に行けるかもしれない……主人公はそんな未来が訪れる一縷の望みに賭けて、日本宇宙開発局、通称JASDA(JAXAがモチーフと思われる組織)でロケットエンジニアになり、ロケット開発に打ち込むことになります。

しかし宇宙開発の「現実」は極めて厳しいと言わざるを得ないでしょう。打ち上げ場所の周辺環境の問題、莫大な開発費用の問題、技術的な問題、安全性の問題、政治的な問題、デブリ(宇宙ゴミ)問題……実にシビアな様々な問題により、米国を初めとした世界中の有人飛行計画、すなわちロケットを主軸にした宇宙開発が「見直し」という名の「無期限延期」を迫られます。世界中の宇宙開発が正念場を迎える中、主人公と主人公の弟は、「軌道エレベータ」というSF上のアイデアとそれを支える素材を見つけ、実現に向けて動き出す……これが本作の基本的なストーリーラインです。

さて、「軌道エレベータ」とは、簡単に言えば「宇宙まで届くデカい建物を造ってしまおう」というものです。しかし、ただ単に宇宙まで届くような建物を造ろうとすれば、底面積は半島や大陸レベルの広さが必要になり、とても現実的ではありません。しかし軌道エレベータは、下から建物を「積み上げる」のではなく、静止衛星から建物を「吊り下げる」というアプローチを採用します。静止衛星とは、地上から約3万6千kmの高さにある衛星のことです。人工衛星は、地球から遠ざかれば遠ざかるほどその周期は遅くなります。そして赤道上空の約3万5800kmで、東回りの円軌道に乗った人工衛星は地球の自転速度とピッタリ同調し、地上からはあたかも制止しているように見えます。この自転速度と同調した衛星が「静止衛星」なのです。(少なくともSF的な)科学的に、重心を静止軌道上に残したまま、建物を地上まで吊るすことで、静止衛星は墜落することなく回り続けます。しかも軌道エレベータを建設した場合、宇宙に行く移動手段は、軌道エレベータ内に組み込んだリニアです。要はエレベーターや電車のようなもので、誰でも普段着で衛星まで、ひいては宇宙まで行けるようになります。ロケットの打ち上げとは違い環境にも優しく、建設してしまえばランニングコストも廉価で、増殖の一途を辿るデブリ対策も可能となる――。

これが軌道エレベータの可能性です。

なお、先ほどサラッと書きましたが、軌道エレベータを建造するには尋常でないほど強くて軽い素材が必要です。本作では主人公の弟が主人公に「素材」を提供するものの、現状まだ軌道エレベータを作れるほど強くて軽い素材は開発されていません。しかし、本書は全くの夢物語というわけではなく、世界中で日々「強くて」「軽い」驚異的な新素材が開発されているのも事実です。本作は、巻末で素材についての実証データが示されるなど、リサーチが行き届いており、読者がリアリティを持てる構成となっています。

もちろん、これは徹頭徹尾フィクションです。考えればすぐにわかることですが、軌道エレベータというのは本作の主人公のような若手エンジニアが一人で建造できるような代物ではなく、各国や各社の思惑が複雑に絡む極めて政治的なソリューションです。また、宇宙開発の構図が全体的に書き変わるソリューションでもあります。あえて内容に踏み込んで書きますが、1巻のラストで軌道エレベータはまだ完成していません。仮に素材があっても、そんなに簡単なものではないのです。

最後に、作中、主人公は「ビデオレター」という形で世界の人々に語りかけます。

想像して下さい
地上から天(そら)へと まっすぐに続く 一すじの糸を
私達はいつか そのかけ橋を渡り 宇宙へと進出していくのです
遠い未来の話ではありません
新しい世界はすぐそこまで来ているんです

ううむ、シビレる。リアルに「夢」が広がる傑作漫画と言って良いでしょう。

ちなみに1巻のラストで「第一部完」となっていたため当時とても不安に思ったのですが、予想通り第二部は未だに始まっていません。作者はもう全く違う作品を描いており、ここから続編を描くのは難しいかもしれませんが、是非この第二部を描いてほしいですね。

② とり・みき『冷食捜査官』1巻

冷食捜査官(1) (モーニング KC)

冷食捜査官(1) (モーニング KC)

安全無害な合成食料の完成により食料統制が始まり、雑菌だらけで汚染された自然食品の製造・飲食が禁止された近未来……それでも食料統制以前に作られた冷凍食品はブラックマーケットで取引され、冷食シンジケートなる組織まで暗躍する中、冷食を求める不届きな連中を取り締まる農林水産省・冷食捜査官の活躍を描いたSF漫画が本作です。

作者名や設定を読んでピンと来た方も多いと思いますが、もちろんシリアス物ではありません。「ハードボイルドギャグ」を標榜しているようですが、真面目な顔でおバカなことをやる、とり・みきらしさが爆発した名作ですね。なぜ2巻が発売されないのかはよくわかりません。元々不定期連載なのかな?

③ 小山宙哉『ジジジイ -GGG-』1巻

ジジジイ -GGG-(1) (モーニング KC)

ジジジイ -GGG-(1) (モーニング KC)

  • 作者:小山 宙哉
  • 発売日: 2007/06/22
  • メディア: コミック
半ズボンで街を駆け、誰も追いつけないほどのスピードで逃げる泥棒「ハープ」正体は、70歳の爺さん……という、ほとんど出オチのような設定の連作短編集です。爺の泥棒という設定ですが、爺の割に説教臭くなく、なかなか独特の味わい。作者は今『宇宙兄弟』を連載中ですが、『宇宙兄弟』の執筆で相当スキルが上がっていると思うので、『宇宙兄弟』後に本作の第2巻を描けば、更に面白くなると思っています。

④ 鶴田謙二『Forget-me-not』1巻

Forget-me-not (1)

Forget-me-not (1)

  • 作者:鶴田 謙二
  • 発売日: 2003/09/22
  • メディア: コミック
この作者はそもそも出している漫画自体が少なく、刊行ペースも遅く、彼の気分で複数の連載を同時並行で進めるため、どの作品が中断しているかの判断は正直難しいです。しかし本作は10年以上前に1巻が出ているので、中断していると明確に判断して良いでしょう。ヴェネチアの旧市街が舞台なのですが、鶴田謙二らしい猫のように気まぐれな女性が主人公で、絵は人物も背景も最高、話も最高、雰囲気も最高で言うことなしです。Amazonのレビューによれば、(掲載雑誌は廃刊したものの)2巻の原稿は既に出来上がっているという話もありますので、ぜひ早期に出版してほしい大傑作漫画ですね。

⑤ 鶴田謙二『冒険エレキテ島』1巻

冒険エレキテ島(1) (KCデラックス)

冒険エレキテ島(1) (KCデラックス)

  • 作者:鶴田 謙二
  • 発売日: 2011/10/21
  • メディア: コミック
遅筆界の大御所にして、続きが発売されない界の大御所ですので、ここはあえて2つ選びたいと思います。愛猫とともに幻の浮き島「エレキテ島」を追い求める女パイロットを描いた長編モノなのですが、相変わらず絵は異様に巧いです。しかし1巻は正直プロローグのようなものであり、上に挙げた4冊のように1巻だけで満足できるものではありません。2巻の発売は必須ですね。

おまけ 鶴田謙二『アベノ橋魔法☆商店街』

これ、本当は5選目のはずでした。しかしこのエントリーを書くために改めて読み返してみると、何と「1巻」と書いてない。ストーリー的には思いっきり中途半端で、DVDでは続きがしっかり楽しめるのですが、コミックスとしては、どうやら作者的にも編集部的にもこれで終わりのようです。まあ同じ鶴田謙二の作品で『冒険エレキテ島』があったので、5選は何とか確保できましたが、まさか元々2巻を出す気がなかったとは……。

ストーリー的に中途半端であることを差し引いても内容的には大傑作の漫画ですので、一応「おまけ」扱いで紹介しておきます。