筒井康隆『文学部唯野教授』

凄まじいまでの饒舌でならす早治大学文学部教授の唯野仁は、大学教授としての日常を乗り切りながら、金や名声の為ためではなく自らの文学理論の実践のため(野田耽二というペンネームを用いて)大学に内緒で小説を発表している。だが大学教授としても覆面小説家としても幾つもの難問を抱えてしまい――といった感じのストーリーなのだが、ただ本書はストーリーだけを追ってもあまり意味はない。本書の面白さはストーリーだけではないからだ。

まず特筆すべき特徴は、大学内部のグロテスクな世界が実にグロテスクに(しかしリアルに)描かれていることであろう。研究をおろそかにして出世のための学内政治に奔走する教授や人格的に問題のある教授、マスコミへの大学教授の露出を極端に嫌う閉鎖的な(しかし本当は自分も世間から注目されたいと願っている)粘着的な教授、彼らの様子がパロディとして執拗なまでにグロテスクに描かれる。その様は何とも言えずおかしいが、本書のエピソードは全て事実が元になっているらしいというから驚きだ。大学教授は金食い虫だと言われたりもするが、それも仕方のないことであろう……。

次に、上で述べたグロテスクな大学教授に負けずとも劣らない、主人公である唯野教授のキャラクター。唯野教授の特徴は躁病的なまでの饒舌である。その喋り出したら止まらない饒舌は、自らの保身のためにも役立つと本人は思っているらしいのだが、明らかに自分でピンチを招いている。

さらには、唯野教授の受け持っている「文芸批評論」の講義が、その躁病的な饒舌でもって実際に書かれるという、本書のメタフィクション的な構造も特筆すべき事柄であろう。印象批評からポスト構造主義までの9つにもわたる文学理論の講義は、話し言葉だし、わかりやすい。

ごく簡潔に3点の面白さを書いたが、この面白さは、まあ読まないとわからないと思う。独特のノリというかね。講義の部分は、抽象的な文章が読めない人は少し辛いかもしれないけど、難しすぎるわけではないし、最悪、文芸批評論の講義の部分は抜かしても構わないだろう。オススメ。