最近どうも鬱屈としていて、今まで以上に塞ぎ込んでいる感じが強い。でも、そういうときに異国の情景を想像させる本を読むのは、精神的にかなり癒される。本書を読んでそのことが改めてわかった。今・こことは違う「世界」を本の中で擬似体験することで、リフレッシュされ、大げさに言えば希望が出てくる。
さて、内容については、まず裏表紙の紹介文を引用したい。
野宿もしたし、強盗にもあった。食いはぐれた夜も数知れない。南京豆売り、錠前屋、蛇つかい、手品師、代書屋……、灼熱の大地に生きる大道商人三百人にインタヴュー。取材期間十一年、インド大陸を縦横無尽、延べ一万四千キロの破天荒な旅の記録。九〇年代“旅本世界”の金字塔と絶賛された名著、待望の文庫化なる!
大袈裟に感じるかもしれないが、大袈裟どころか、まだ過小評価だと思う。90年代の旅本どころか、異国について書かれたあらゆるジャンルの本の中で最高傑作だと俺は断言したい。前に初めて読んだときは、感動のあまり体が震えた。そして、その感動は今回も全く色褪せていなかった。著者は、11年にも渡るインドの旅の中で出会った無数の大道商人の中から、吟味に吟味を重ね、インドにおいて最も正統的な――つまりインドらしい大道商人300人にインタビューを行い、それを凝縮して1冊にまとめあげたのだ。
「大道商人」とは、文字通り道端で何らかの商行為を行っている人のことであり、「大道芸人」ではない。もっとも、ここで言う大道商人の中には、道端で芸を見せることで金をもらっている蛇つかいや手品師のような大道芸人も含まれる。インドのような道端での商行為が日常的な社会では、著者が11年の間に出会った大道商人は数万人どころか数十万人をくだらないだろう。その中で、細心の注意を払って選んだ300人に、人類学の手法にも負けない理念でもって綿密なインタビューを重ねているのである。
著者の11年に渡る血の滲む努力によって、本書はインド数千年の歴史と数十億人の生活を垣間見せることに成功し得た。おそろしく密度の濃い1冊である。11年という時間の中で、どれだけの出会いがあったのだろうか。その驚嘆すべき事実が、俺に勇気をくれる。死ぬまで読み返すであろう1冊だ。必読。