村上龍・編『JMM VOL.8 教育における経済合理性――教育問題の新しい視点』

主に、金融と経済の議論を中心に発信する村上龍のメールマガジン(JMM)の内容をまとめたもの。座談会やQ&Aの応答が載せられている。ちなみに先日の『だまされないために、わたしは経済を学んだ』と『マクロ・日本経済からミクロ・あなた自身へ――村上龍Weekly Report』は、JMMの巻頭で連載されているエッセイであり、JMM本編はむしろこちらである。

JMMは基本的に金融や経済の問題を中心に扱っているが、本書の主題は教育問題である。しかし本書は教育問題を情緒的に捉えて憂えてみせるような内容ではない。本書の試みは、「合理性」という経済学の視点から教育を捉え直すことで、教育問題に新しい視点を持ち込もうとするものだ。なかなか面白く、確かに新しい視点を幾つか提示できていると俺は思う。メインの座談会はあっちこっちに話が飛び、散漫な印象を受けるが、しかし悪くはない。とはいえ、「合理性」と書いたところで本書を読んでいない人にはピンと来ないかもしれないので、補助線を引くために少し座談会の発言を引用してみたい。

 (学校の先生は)タダで教えてやっていると思っているところがある。授業料無料で教えてやっているんだ、というのはまだしも、塾の先生は金儲けのために教えている、でも自分たちは金儲けでやっているのではないと言うんです。それは、給料を返上してボランティアで教えている人が言ってほしい。

 要はあなたのもらっている給料はどこから出ているのかということです。私立の先生は授業料から出ているし、公立の先生は税金から出ているという当たり前の話が見えてこない。

もちろん「公立より私立の方が良い」「学校より塾の方が良い」といった瑣末な議論では全然ない。要は、教育という概念が前提的に孕み持つ聖域、「教育は無償サービスだ」という幻想を崩し、教育に「コスト&ベネフィット」の概念を持ち込むことが本書の最大の試みだ。「どのようなコストをどれだけ支払うことで、どのような質の教育をどのレベルで享受することができるか、そしてそのことでどのような利益を得られるか」という視点から教育を捉え直すことが求められているのである。そのために、親は、何が自分の子どものためになるかを考えなければならないし、子どもは、何が自分のためになるかを考えなければならない。

そうした視点は、「いい子」は「戦略」を持っていなければならない、という本書のコピーに集約されると言えるだろう。興味深く、面白い本だ。