インキュベ日記

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村上春樹+安西水丸『村上朝日堂の逆襲』

村上朝日堂の逆襲 (新潮文庫)

村上朝日堂の逆襲 (新潮文庫)

村上春樹と安西水丸のコンビによるエッセイは、肩の力が抜けていて、ほのぼのとした何とも言えないおかしみがある。どれも安定して面白いのだが、「くりかえすようだけど僕はぜんぜん自閉症なんかではない。僕が自閉症だったら、村上龍は自開症である」と抗議するところなんかは思わず笑ってしまった。
あと「政治の季節」というエッセイは、村上朝日堂の中では珍しく緩んでいないエッセイだが、なかなか興味深かった。村上春樹は(世代的に学園闘争だの安保闘争だのに巻き込まれていることもあり)「政治的な人間である」ということを自認しながら、なおかつ一度も選挙に行ったことがない人間である。このエッセイでは村上春樹の選挙や政治に対する考え方の一端が示されているけれど、「もっともだ」と納得させられる。

 どうして選挙の投票をしないのかという彼ら(僕を含めて)の理由はだいたい同じである。まず第一に選択肢の質があまりにも不毛なこと、第二に現在おこなわれている選挙の内容そのものがかなりうさん臭く、信頼感を抱けないことである。とくに我々の世代には例の「ストリート・ファイティング」の経験を持つ人が多いし、終始「選挙なんて欺瞞だ」とアジられてきたわけだから、年をとって落ちついてもなかなかすんなりとは投票所に行けない。政党の縦割りとは無関係に一本どっこでやってきたんだという思いもある。何をやったんだと言われると、何をやったのかほとんど覚えてないですけれど。
 もっとも選挙制度そのものを根本的に否定しているわけではないから、何か明確な争点があって、現在の政党縦割りの図式がなければ、我々は投票に行くことになるだろうと思う。しかしこれまでのところ一度としてそういうケースはなかった。よく棄権が多いのは民主主義の衰退だと言う人がいるけれど、僕に言わせればそういうケースを提供することができなかった社会のシステムそのものの中に民主主義衰退の原因がある。たてまえ論で棄権者のみに責任を押しつけるのは筋違いというものだろう。マイナス4とマイナス3のどちらかを選ぶために投票所まで行けっていわれたって、行かないよ、そんなの。

どこまでも村上春樹の言うとおりだと思う。これは1985年ごろに書かれたエッセイであるから、驚くべきことに――いや、悲しむべきことに、その頃と今の政治をめぐる状況は大して変わっていないということになる。「マニフェスト」と言ったって、マニフェストの「存在」ばかりがクローズアップされ、俺は、マスコミや文化人がマニフェストの「中身」を真剣に議論したようにはほとんど思えなかった。民主党も同じである。マニフェストを出したことばかり強調して、あとは配るから好きに読んでくれと言ったって、小さな文字でキレイゴトばかり並べ立てた冊子を一体どれだけの人が隅々まで読んだのかは甚だ疑問である。政策選挙だの政権選択選挙だのと言われても、そんな状況下で選挙に行けと言われても、それはやっぱり「行かないよ、そんなの」である。結局は投票率も低かった。
ただ、もちろん日本の没落など露ほども感じていなかった85年と比べ明らかに変わった点もあり、実はそのことも村上春樹は予測している。

しかし僕がこのまま選挙の投票をすることなく一生を終えてしまうかというと、そんなことはまずないと思う。これは単なる僕の直感にすぎないけれど、今世紀中には必ずもう一度重大な政治の季節が巡ってくるんじゃないかという気がするからである。そのときは我々は否が応でも自らの立場を決定することを迫られることになるだろう。様々な価値がドラスティックに転換し、「まあなんでも適当に」では済まされなくなってしまうはずである。そうなれば僕だって、あの映画『ビッグ・ウェンズデイ』のラスト・シーンみたいに、投票用紙を手にして投票所に向かうことになるかもしれない。
まあこういうのはただの予測だし、僕のたいていの予測ははずれるから大きなことは言えないけれど、たぶんそういう状況が遠からず到来するんじゃないかという気がしてならないのだ。これはアメリカの一九二〇年代とそれにつづく大恐慌に関する歴史書を読んでいれば肌にひしひしと感じられることである。未曾有の繁栄と派手で享楽的な文化を謳歌していた二〇年代のアメリカは一日して瓦解して、そのあとには暗く重い日々と戦争がやってくる。もちろん違ったふたつの時代と社会をかさねあわせることには根本的な無理があるが、その経済的繁栄の底が浅いことや社会のはしゃぎぶり、そして世界的な富の偏在状況を見ていると、二〇年代のアメリカと我々の時代との間にはぞっとするくらい数多くの共通点を見出すことができる。

バブルが弾けてから、冷戦構造が崩壊してから、湾岸戦争が起こってから、阪神大震災が起こってから、オウムによる地下鉄サリン事件が起こってから、神戸連続児童殺傷事件(通称・酒鬼薔薇事件)が起こってから、長引く不況と共に年金問題や不良債権問題の実態が明らかになり始めてから、9.11同時多発テロとイラク戦争が起こってから――何かが起こってから後出しジャンケン的に「そーれ見たことか! 俺はこうなると思ってたんだ!」と誇らしげに語る文化人は腐るほど見てきた。しかし、未来を克明にイメージできている人間なんて(当たり前だが)ほとんどいやしないのである。
我が世の春を謳歌して(まさに)バブル景気の濁流に飲み込まれ始めようとしている85年に、村上春樹のように、こういった冷静な懸念をメディアで発していた知識人だの文化人だのが果たして何人いただろうか? もちろん村上春樹はスコット・フィッツジェラルドを耽溺しているから、そのことで繁栄と没落ということに対して敏感だったのかもしれないけれど、こと「予見」ということに関しては、知識人だの文化人だのよりは(少なくとも一面において)よっぽど優れていたということになるだろう。