石油危機・バブル崩壊に続き日本経済を襲う衝撃がドットコム(インターネット関連)企業であり、この「ドットコム・ショック」の本質を理解しなければならない――というのが本書のアウトラインであろうか。大前研一は、ビルゲイツのウィンドウズが登場した1985年を境に世界の原則が形を変え始めたという持論を持っており、1985年を(西暦のBefore Christとanno Dominiに倣って)ゲイツ元年(AG一年)と名づけている。この「BG(ビフォー・ゲイツ)」「AG(アフター・ゲイツ)」の概念はとても面白いと思うのだが、これを補足する概念が本書の「ドットコム・ショック」と考えて良いのではないかと思う(大前研一の本を全て読んでいるわけではないので、あまり自信は持てないのだが)。
本書も興味深い話が満載で、本当に面白いのだが、今回は情報革命(大前研一の言葉で言うとドットコム・ショック)を境にした「世界の新旧交代」の流れを指摘した箇所が面白かった。ブラジル・アルゼンチン・チリ・ペルーといった「アトランティック経済圏」の話、インドのシリコンバレーと呼ばれる「バンガロール」の話、ポルトガル・スペインの話、ルック・イーストで知られるマレーシアのマハティール首相の話、そして韓国の話である。個人的には、韓国についての指摘が白眉だった。韓国については、木村剛の『竹中プランのすべて――金融再生プログラムの真実』にあったように、不良債権を初めとした経済や財政の状況は日本よりも良いと思っていた。しかし問題はそれほど簡単ではないようだ。大前研一は韓国を「八方塞がり」だと見ている。韓国の現状は、まとめると以下のような感じである。
通貨危機が起こったのも、IMFの「救済」で不良債権処理が進んでいる(ように見える)のも、実はアメリカに踊らされているだけである。要はアメリカからの借金がIMFからの借金に変わっただけであり、結局そのツケは国民が払わなくてはならないのだ。しかし財閥は弱体化して自力更生が困難になり、新しい企業も育っていない。独自の工業化を果たそうにも韓国はエンジニアを軽視してきたし、工業化社会を飛び越えてソフトウェア産業やサービス産業といった情報化社会に移行しして勝負しようにも、情報化社会で先端を走るアメリカやインドを上回るだけの英語力や数学力がない。金融経済にシフトしようにも、銀行は全て国営系か財閥系であり、ボーダレス経済の中で勝ち抜けるような銀行はない。さらに、韓国が作っているものや輸出しているものは99%日本と同じであり、いわばミニ日本である。同じようなものを後追いで作っているだけだから、日米間のパワーバランスの中でしか利益を生み出せない構造になっているし、そのパワーバランスも韓国はコントロールできない。“韓国にしか買えないもの”が存在しないのに、競争力の高い高付加価値の商品も、小さいながらも日米の為替に影響されない産業構造も、韓国は作ろうとしていない。見かけだけのアメリカ化が進んだ一方で、根本的な問題は何も解決していない。
ここまで厳しい指摘が続くと、いかにも大前研一は韓国が嫌いなようにも思える。しかし別に大前研一は韓国が嫌いなわけではなく、状況を冷静に分析して「ドットコム・ショックを乗り切るための状況は全く整っていない」と述べているだけだ。もちろん日本に当てはまる話も多くあるので、他人事と思ってはならないだろう。銀行や英語力なんて日本も同じようなものだし、日本だって新しい企業を育てる社会インフラは全く整っていないのだ。
ちなみに、いつまでも解決しない日韓の歴史的な問題に対しても発言している。ここはドットコム・ショックの問題とはそれほど関係ないので省くが、興味ある方は是非ご覧あれ。俺としては非常に納得できる話だったし、好感も持った。