千葉英介『心の動きが手にとるようにわかるNLP理論』

本書はNLPの入門書であり、日常生活やビジネスシーンのコミュニケーションにおいて、どのようにNLPを活かすことができるかが述べられている。文章はとても平易で、日常的な事例を豊富に取り上げて易しく説明されており、とてもわかりやすい本だが、NLPについては少し説明が必要かもしれない。NLP(Neuro Lingustic Programming)は「神経言語プログラミング」などと訳されており、人間がどのような仕組みで現実を認識しているのかを神経(人間の五感)や言語の観点から研究した学問だそうだ。NLPは心理学や言語学に基づいた新しい学問だが、最近はNLPという言葉をよく目にするようになってきた。というのも、NLPは学問であると同時に、コミュニケーションやマネジメントにおける実践的かつ強力な心理手法でもあるからだ。

例えば、NLPには「バックトラッキング」という手法がある。相手の言葉に対して、相手の言葉をそのまま返す(長い場合は要約した言葉あるいはキーワードを返す)ことで、相手に「自分の言葉が受け入れられた」という感覚を持ってもらい、コミュニケーションをスムーズにする手法だ。大半の人は、相手の「どうも最近うまく行かないんだ」というネガティブな発言に対して、「そんなことないよ」「オマエなら乗り越えられるから頑張れ」「気にしすぎだよ」と励ますか「大変だね」と同情するだろう。しかし、こう返したところで相手は多分ポジティブにはならない。NLPでは、「どうも最近うまく行かないんだ」と言われたら、「最近うまく行かないんだね」と同じ言葉を返すことで、まずは相手の受け入れる。そして、必要ならば「どこがうまく行かないの?」「どうすればうまく行くと思う?」などと続けるのだ。あくまでもバックトラッキングは相手の言葉を「受け入れた」だけで、相手に「同意した」わけではない。しかし相手は受け入れてくれたこと自体に喜びや救いを感じ、お互いの信頼関係がより深く醸成される。

他には、「しかし」で反論せず、「そして」などを使って切り返すという手法も興味深かった。相手の「俺は○○と思う」という言葉に対して「でも、俺は△△と思いますがね」と真っ向から反論したら、下手すれば、互いが意地になって議論が収集しないという可能性も出てくる。NLPでは、「俺は○○と思う」という言葉に対して、まず「あなたは○○と思っているんですね」と言うことで相手の主張を受け入れた(同意ではない)ということを演出し、その上で「そして、俺は△△と思います」と続けるのである。「あなたは○○と思っているんですね。それで、俺は△△と思っています。俺が△△と思う理由は……」と切り返すと、確かに相手の言葉を受け入れた感じが強く出る。元国語講師としては、この場面で「そして」や「それで」を使うことはどうも気持ちが悪い。けれども「会話においては、時として、接続語の論理的整合性よりも効果を重視した方が有効な場合もある」ということは重要な発想かもしれない。

本書を読むことで、「コミュニケーション」というものについて非常に考えさせられたし、否応なく考えを改めさせられた部分もあった。必読。ちなみにバックトラッキングは昨日の『コーチング・マネジメント』でも(バックトラッキングという名前ではなかったが)重要なコーチング・スキルとして紹介されていた。NLPもコーチングも「コミュニケーション」を自覚的に行うための手法という点では同じ面を持っているので、重なる部分がわりと多いのだろう。併せて読むと、より考えが深まるかもしれない。