トム・ケリー&ジョナサン・リットマン『発想する会社!』

プラダやペプシ・アップルといった多くの超一流企業をクライアントに持ち、「世界最高のデザインファーム」と称されるIDEO(アイディオ)。製品レベルでは無印良品の壁掛けCDプレーヤーなどが有名だが、まだIDEOという会社の日本での知名度は低いかもしれない。しかしIDEOは世界的には非常に注目度の高い会社で、もはや製品のみならずイノベーションを生み出し続ける企業文化までが注目されている。IDEOではイノベーションが体系的に実践・洗練され続けてきており、その手法はIDEOのアイデンティティにまで高められているのである。そうした状況の中、IDEOのゼネラルマネージャーのトム・ケリー(会社創立者の実弟)によって、これまで最高機密とされてきた「IDEOのイノベーションの技法」を明らかにしようとしたのが本書である。といっても、あくまでも本書はマネジメント理論といったものではなく、4000余りの新製品開発プログラムの最前線で得た経験をまとめたものである。

かなり乱暴に整理すると、IDEOでは、何か新しいイノベーションを生み出そうとするとき、とにかく現場に行って人々を観察している。そしてその結果を持ち寄り、ブレーンストーミングを(実に頻繁に、そして定期的に)行う。IDEOのイノベーションは、その大半がブレーンストーミングから生まれているといっても過言ではないだろう。また迅速なプロトタイプ製作を行ってイメージを具体化することで、よりイノベーションに近づいているようだ。

イノベーションを生み出した実例としては、ABCの「ナイトライン」というニュース番組の特集「ディープ・ダイブ――イノベーションを生むためのある会社の秘密兵器」にIDEOが出演した時の話が白眉であろう。「古くからよく知られている問題……ショッピングカートをたった5日間で完全にデザインしなおしてもらうことにしましょう」という企画の内容を月曜の午前9時に聞き、金曜の午前9時に新しいデザインを示すというものである。ショッピングカートといっても日本人にはあまりピンと来ないが、アメリカ人にとってショッピングカートはチャレンジの対象として申し分のないもののようだ。「アメリカ文化の象徴であり、ジッポーのライターと同じくらいなじみ深く、同じくらい長いあいだ変わっていない。デザインを新しくする機会はたくさんあったはずだが、どういうわけかイノベーションの忘却の地にはまりこんでいる」とトム・ケリーは述べている。

結果、IDEOのプロジェクトチームはイノベーションを全開にして、わずか5日間――金曜の午前9時までに新しいショッピングカートを作り出すことに成功した。そのショッピングカートのデザインはとても洒落ていて、買い物も楽しくなりそうな傑作だった。しかしデザイン以上に俺が驚いたのは「本当のイノベーションは買い物という行為自体をデザインしなおすことなのだ」という一文である。単に美しいとか使いやすいとかだけではなく、「ショッピングカートがどう位置づけられたら買い物がもっと便利になるか」ということまで5日間で考え、デザインに落とし込み、練り上げたのである。放送翌日には、全国のエグゼクティブ数十人から「カートを生み出したプロセス」について詳しく知りたいという電話が殺到したそうだが、それもうなずける話である。

本書は二段組みで300ページ以上あり、100点以上の写真が収録されている。それで2500円なのだから、コストパフォーマンスは高いと思う。ブレーンストーミングに関する詳細な注意点なども書かれているので、「イノベーション」に興味があるなら、ぜひ読んでほしいと思う。必読。