重松清『カカシの夏休み』

カカシの夏休み (文春文庫)

カカシの夏休み (文春文庫)

最高ランクの大衆作家、重松清の短編集。3つの短編から成っている。
表題作「カカシの夏休み」は、ダムの底に沈んだ故郷を出て東京で働く男が主人公。級友の死が思いがけず数人の同級生を再会させた――というプロローグだろうか。今は無き故郷にノスタルジーを感じる心情は俺も共感するなあ。俺は広島から関西に引っ越していて、小学校卒業後に引っ越して以来ほとんど一度も広島を訪れたことはない。俺にとって「地元」といえば関西である。しかし今なお「故郷」は広島かもしれない。もう俺が広島を訪れたところで居場所など無いはずなのだが、「広島」は幻の故郷として存在している。
ライオン先生」は、テレビドラマにもなったことがあるようなので、名前くらい聞いたことがある人は多いかもしれない。主人公は高校教師。ライオン先生――長髪をなびかせる姿から、二十代の頃はそう呼ばれていた。44歳となった今でも、風になびく長髪は、若かりし頃と全く変わらない。ただ、今の髪はカツラである一点を除いて――といったプロローグだろうか。主人公がカツラにこだわる理由が妙に泣けた。文章が巧いから、ベタでもジーンと来るんだろうな。
「未来」は、「死ぬよ、おれ」と電話をしてきた、さして親しくもない男のクラスメートが本当に死んでしまったことによって、病院に通い、学校を辞めて、別の病院に移り、少し入院をして、退院してからもさらに別の病院に通った――という女性が主人公。特に親しいわけでもなく、最後に自分に電話をした理由などほとんど思いつかない。しかし周囲から色々なことを言われ、色々なことが起こり、とても大切なものをなくしてしまった。顔の感情もなくした。三年間かけて、病気を完全に治すのはかなり難しいと理解し始めたある日、弟のクラスメートも自殺した――というプロローグ。主人公と弟が、過去を受け止め、未来へと歩き出す様は、感動的。
んー、今までも漠然と感じてきたことではあるが、本書を読んで強く意識したのは、重松清の作品には「ハズレ」が少ない、ということ。どれもこれも巧くて楽しめる。読者に損をさせないというのは素晴らしい。