重松清『熱球』

熱球 (徳間文庫)

熱球 (徳間文庫)

主人公は、38歳。仕事に行き詰まって出版社を辞め、父親のことも心配で、大嫌いな故郷に娘と戻ってきた。しかし、ずっと故郷に腰を落ち着けようというつもりもない。学者の妻がアメリカに留学している間、とりあえず戻ってきた。つまりモラトリアムである。
俺は引きこもりやニートに対して、シンパシーというか、他人事ではないという思いを持っているし、引きこもりに近い状態だったこともあるため、モラトリアムには基本的に寛容である。しかしオッサンのモラトリアムというのは、見ていてどうにもイライラするということを知った。故郷や親との生活を取るか東京での出版人としての生活を取るか、いつまでもどっちつかずな主人公に対して、本書の登場人物もイライラしている。
しかし主人公が故郷に対するスタンスを決めきれないのは、実は高校生の頃、故郷で非常に苦い経験をしてきたからである。20年経った今もその決着がついていないから、仕事に行き詰まった今、過去にとらわれモラトリアムを続ける。その過去の苦い傷を象徴する言葉が、表題の「熱球」になる。
いつもながらに手堅い物語である。重松清の中ではそれほどパンチの効いた作品ではないけれども、それでも充分に面白いし、巧い。