重松清・渡辺考『最後の言葉――戦場に遺された二十四万字の届かなかった手紙』

一兵士が戦地で綴り、しかし戦地で亡くなり、遺族に渡ることもなかった故人の日記を、21世紀の今、あえて遺族に届けようとするNHKのドキュメンタリー番組を書籍化したものが本書である。
この「インキュベ日記」を初めとしたweb日記はもちろんのこと、古くは更級日記といった古典の中にも、当初から人に読まれることを意識した日記というものはある(そもそも「インキュベ日記」など「日記」かどうかも怪しいものだ)。しかし本書で取り上げられた日記は、親や兄弟や妻に宛てた思いが綴られてはいても、おそらく誰かに読まれることは意識していなかったであろう。そういった日記を探してきて、遺族よりも先に丹念に読み込み、戦後60年を経て遺族に渡し、その「感動のシーン」を番組にする――それらの行為に偽善や欺瞞やある種のイデオロギーが見え隠れすることは、仕方あるまい。
しかし戦争というものが、様々な事象をねじ曲げ、蹂躙し、奪い去り、多くの人々の人生に本質的で致命的な欠損を与えてきたことは、戦争を体験していない俺にもわかる。それならば、たとえ日記が誰かに読まれることを想定しなかったとしても、日記に込められた思いと遺された方々の思いを繋ぐことは、たとえいくつかの問題を孕んでいようとも「アリ」なんじゃないか、と思った。
日記に書かれる心情が全て本心だとは思わない(人間は自分自身にだって嘘をつく!)けれども、日記の描写の中には、けっこうグッと来るものもある。戦地での暮らしや病気や飢えの描写も、なかなか生々しい。遺族と日記の対面シーンはあまり何も感じなかったが、取り上げられた日記は良かった。少々あざとい構成ではあるが、平和や戦争を考えるには良い本かもしれないなと思う。興味のある方には必読。
ちなみに、ラストで重松清は、日記の書き手や遺族とは全く無関係な高校生に日記を見せるのだが、これは明らかに蛇足だったと思う。何か安っぽい「企画」だよなあ。