
- 作者: 塩見直紀
- 出版社/メーカー: ソニーマガジンズ
- 発売日: 2003/07
- メディア: 単行本
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まず何十年も生きてきた人間には、多かれ少なかれ、仕事や人間関係といったしがらみがある。半農半サラリーマンを認めてくれる会社に巡り会える人は、ごく少数だ。また人によっては、持ち家があるかもしれないし、離れられない故郷もあるかもしれない。地価の高い都市圏を故郷とする人は、もはや一般的な存在である。俺だって祖父母の住む家は山口県の片田舎だけれども、俺にとって「故郷」とは関西のベッドタウンだ。故郷や見知った心象風景は、もはや多くの人が都会の雑踏であり、ベッドタウンの町並みなのである。「故郷」を離れ田舎に住むことが、本当に良いことなのか。本当に皆が半農を求めて田舎に行けば、そこはもう田舎ではなくなる。その点を著者に問えば「自分たちの楽園が犯されない限りで楽しんでもらいたい」というホンネが顔を覗かせるだろう。
こだわりの自然食品や無農薬野菜にこだわったりクーラーを使わないナチュラルな生活を営む著者のスタンスも同様である。非常に素晴らしいと思う反面、著者も書いているように、金や労力がかかる。そのコストを払える人は、実はそれほど多くない。(著者の崇高な半農半X生活を初めとした)この種のスローライフや自然生活を全ての人々が実践することなど不可能であり、これらは結局のところ恵まれた特権である。そしてこれらの特権は、半農半Xなど望むべくもない産業社会の落とし子達が血と汗の代価として積み上げた「パソコン」や「衣服」や「電気」や「水道管」や「テレビ番組」によって支えられている。
無論これらを恥じることはないし、別に著者を批判する気もない。俺自身、自己実現という言葉は嫌いだが、仕事一本ではなく、趣味や好きなことや使命感や人と人との繋がりも人生の軸に据えて、複線的に生きていきたいと思う。だから著者のメッセージや実践の全てが的はずれでピンぼけだとは言わない。しかしそれでもなお、スローライフや自然生活について「素晴らしい」と思う反面どうにも胡散臭いのは、多くの場合、彼ら彼女らの無自覚な傲慢さや選民思想が饐(す)えた臭いを発しているからである。なぜだか、スローライフや自然生活の多くは「スローライフを持たざる人々」に対する配慮に欠けている。