木村元彦『オシムの言葉』

ユーゴスラビアの代表監督やジェフの監督などを経て、現在は日本代表監督となったイビチャ・オシムの半生を、ユーゴスラビアの激動と照らし合わせながら記した本。この本が素晴らしいのは、いわゆる「オシムジャパン」ブームに乗っかって出版された本では全然ないということである(本書の発売時期もオシムが日本代表監督に就任する前である)。著者の木村元彦は、旧ユーゴスラビアに着目して、政治がスポーツを利用してきた歴史、あるいはスポーツが政治に翻弄されてきた歴史を掘り下げる仕事を長く行ってきた。その中からドラガン・ストイコビッチを主題とした『誇り』と旧ユーゴスラビア諸国を主題とした『悪者見参』を記しており、イビチャ・オシムを主題とした本書が、いわゆる「旧ユーゴサッカー三部作」の完結編なのである。
そうした位置付けの本なので、ブームに乗っかって出された安易な企画本や二番煎じでは全然なく、結果的にオシムの考え方や魅力がよく理解できる。オシムは本書の中で何度も語っている。サッカーも人生も、リスクを冒して攻めなければならないのだと。数学者を志したこともあるそうなので統計にも明るいのだろうか、若くから「リスク」という概念をよく理解している人だと思う。ウィットに富んだオシム語録と「走るサッカー」ばかりに注目されがちだが、オシムという人の素晴らしさは、それだけではない。もちろん(木村元彦が注目する)政治的に翻弄されたことから来る人間的な深みだけでもない。俺が思うオシムの本質の1つは、まさに「リスク」の意味を知り尽くしていることにある。リスクとは「危険性」という意味ではないのである。