関川夏央+谷口ジロー『『坊っちゃん』の時代 第三部 【啄木日録】かの蒼空に』

激動の時代であった明治時代を生き抜いたを明治人(あるいは明治時代そのもの)を、日本を代表する文豪・夏目漱石を軸に描き出した漫画――であったが、好評だったらしく、全5巻のシリーズになった。第三部は、石川啄木を中心に取り上げている。
本書のあとがきによると、石川啄木は、夏目漱石森鴎外二葉亭四迷といった明治人とは決定的に異なる点がある。引用したい。

啄木は正確には明治人とはいえない。二葉亭、漱石、鴎外のように明治前夜あるいはそのとば口に「江戸」の落日の光を浴びて生まれ、漢籍の教養と封建の道徳とを知らず知らず身につけて長じ、少年時代に西欧文明の強烈な照射を浴びたひとびと、西欧文明を受容しつつ疑い、疑いつつ受容して「近代化」の渦流のなかに苦闘したひとびとを明治人とするなら、啄木は違う。啄木は明治十九年生まれである。すなわち啄木は、自由民権運動が終熄し明治憲法が制定されて「国民国家」としての明治日本の枠組みが完成したのちに、ようやくものごころついたのである。

本書で言う「明治人」と、明治人でない石川啄木の精神性がどのように異なるのか、俺に細かいことを論じる力はないし、本書だけで明らかになることでもないだろう。しかし何らかの違いはありそうである。
といっても、本書で最も異彩を放つのは、石川啄木の生活能力の欠如であり、その多くは時代や世代の責任ではなくて石川啄木個人に帰結するものであろう。毎月のように賃金の前借をし、前借した途端に気が大きくなって半日やそこらで使い切る。そして生活費も滞った家賃も積もり積もった借金も、それどころか電車賃すら払うことが出来ず、親戚や友人に金の無心を繰り返すのである。そして自分はダメだダメだと言いつつ、全く反省していない。かく言う俺も生活能力はないし、金遣いも比較的荒い。しかしここまでではない。読めば読むほど啄木のことが嫌いになるほどのダメさ加減である。
面白いのは、石川啄木は、その借金のほとんどを返せぬまま、念願の病気で若くして亡くなるが、借金の額は実に細かく記録に残しているのである。そこまで細かくつけるなら返せよとも思うが、書き出すことで、実際には何も解決していないのに「解決したつもり」になっていたのかもしれない。