細野不二彦『ギャラリーフェイク』19巻

細野不二彦による傑作美術漫画。主人公の藤田玲司(フジタ)は、かつてはニューヨークのメトロポリタン美術館 (MET) の敏腕キュレーターで、卓越した修復技術や豊富な知識から「プロフェッサー(教授)」と称えられるほどの尊敬を集めていたが、元同僚の陰謀によりメトロポリタンを追われ、帰国。現在は、表向きは贋作やレプリカといったニセモノを専門に扱う「ギャラリーフェイク」という画廊(アート・ギャラリー)の経営者だが、裏ではブラックマーケットに通じ、盗品や美術館の横流し品を法外な値で売る悪徳画商という噂であり、その噂は完全に真実である。しかし一方で、メトロポリタン時代から一貫して美に対する真摯な思いを持ち続け、美の奉仕者としての面も持つ――という設定。Q首長国クウェートがモデルの模様)の王族の娘であるヒロインのサラ・ハリファや「美術界のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる三田村館長など、脇役も非常に魅力的である。
この巻には以下のエピソードが収録されている。

ART.1 当世質屋物語
ART.2 甦るアール・デコ
ART.3 箪笥の中に
ART.4 パリスの審判
ART.5 ショパンの心臓
ART.6 楊貴妃の香(前編)
     楊貴妃の香(中編)
     楊貴妃の香(後編)

表題作「楊貴妃の香」は圧倒的に面白い。体から得も言わぬ香りを発する「挙体異香」という体質がある。楊貴妃は挙体異香の持ち主だったそうだが、ある女優が役作りのためジャン・ポール・香本に挙体異香を身にまとう秘薬「体身香」をもらっていた。しかし効果がない。体臭には体質・資質があり、彼女には挙体異香を身にまとう資質はなかったのである。そのとき、その女優に借金を催促するべくサラが現れる。香本は、サラの持つ傑出した素材としての体臭に惹かれ、サラに「体身香」の無料モニターを持ちかける――というプロローグ。香本の特異なキャラクターが際立っており、非常に面白い。一方、香本とサラのことについて知ったフジタは、サラが挙体異香を身にまとったとき、変態的な香本が次にナニを欲するかを、同じ「美の求道者」として敏感に感じ取る。そしてサラを守る最後の防波堤を用意するのである。なかなか深まらないフジタとサラの関係性にも踏み込んだ非常に面白いエピソード。