細野不二彦『ギャラリーフェイク』31巻

ギャラリーフェイク (31) (ビッグコミックス)

ギャラリーフェイク (31) (ビッグコミックス)

細野不二彦による傑作美術漫画。主人公の藤田玲司(フジタ)は、かつてはニューヨークのメトロポリタン美術館 (MET) の敏腕キュレーターで、卓越した修復技術や豊富な知識から「プロフェッサー(教授)」と称えられるほどの尊敬を集めていたが、元同僚の陰謀によりメトロポリタンを追われ、帰国。現在は、表向きは贋作やレプリカといったニセモノを専門に扱う「ギャラリーフェイク」という画廊(アート・ギャラリー)の経営者だが、裏ではブラックマーケットに通じ、盗品や美術館の横流し品を法外な値で売る悪徳画商という噂であり、その噂は完全に真実である。しかし一方で、メトロポリタン時代から一貫して美に対する真摯な思いを持ち続け、美の奉仕者としての面も持つ――という設定。Q首長国クウェートがモデルの模様)の王族の娘であるヒロインのサラ・ハリファや「美術界のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる三田村館長など、脇役も非常に魅力的である。
この巻には以下のエピソードが収録されている。

ART.1 ジョージ・ワシントンの拳銃
ART.2 おそるべきドガ
ART.3 しあわせのトンボ
ART.4 貴婦人のセル
ART.5 薔薇と怠惰(ローズ・アンド・ルーズ)
ART.6 病院のカベ
ART.7 端血
ART.8 エアーズ・ロックの主(あるじ)

「貴婦人のセル」は、フランコン・ド・セルという19世紀フランスで流行った「気つけ薬」がモチーフなのだが、後期の中では特に好きなエピソードである。ジャン・ポール・香本が「癒し、リラクゼーションのアロマや香水ってのにも食傷気味でさ」と言っているが、同感である。このエピソードに出てくる女性がセル(気つけ薬)を手にとって心の中で叫ぶ言葉は、激しく心を揺さぶる。確かに女性に限らず現代社会はストレスに満ち満ちているが、本当に欲しいのは「癒し」なんかではないと俺は思うのである。「貴婦人のセル」に続く表題作「薔薇と怠惰(ローズ・アンド・ルーズ)」も面白い。香本と翡翠(フェイツイ)という曲者同士が結託するのも、なかなか良いね。
「エアーズ・ロックの主」も好きだ。蝶が化石になったオパール格好良いなあと思う暇もなく、アボリジニをモチーフとした文明批評的な話が展開される。それも悪くはないが、やっぱり見所はエアーズ・ロックの主たる最終ページであろう。実在はしないだろうが、これは俺も見てみたい。圧巻!