トム・ピーターズ『ブランド人になれ!』

トム・ピーターズのサラリーマン大逆襲作戦〈1〉ブランド人になれ! (トム・ピーターズのサラリーマン大逆襲作戦 (1))

トム・ピーターズのサラリーマン大逆襲作戦〈1〉ブランド人になれ! (トム・ピーターズのサラリーマン大逆襲作戦 (1))

トップレベルのコンサルタントによる自己啓発本。今のホワイトカラーの仕事の90%以上は、今後10年以内に姿を消す(あるいはまったく姿を変える)という基本的な前提に立ち、50のアドバイスの中で、ビジネスシーンで生き残るにはどうすれば良いのかを書いている。まあ、この問いに対するトム・ピーターズの回答は(俺の理解では)非常にシンプルである。自分自身を「ブランド」と捉え、「プロジェクト」と捉え、あるいは「株式会社」と捉え、自己啓発とコミュニティ作りに精を出し続けろ、現状に不満を述べる前に、現状を良くするために力を尽くせ、というものだ。書いていること自体はシンプルだが、それだけに心を揺さぶる。自己啓発書でよく取り上げられる、自分を「ブランド」や「株式会社」と捉える発想は(直接的・間接的を問わず)本書からパクったものも少なくないのではないか。
文体は非常に軽妙で、また熱を感じる。軽妙さに関しては、まあ翻訳者である仁平和夫の功績が大きいのだろうが、おそらくトム・ピーターズ本人もポジティブなメンタルセットを持っているのだろう。そして軽妙であること以上に、とにかくアツい。ビジネスマンの評判が高いようだが、確かにそれも頷ける。軽妙な振る舞い(文体)とアツい魂は、俺の理想でもある。
最も響いた「5 あなたの仕事は、くだらない仕事か」を引用してみたい。

 仕事という言葉の使い方には注意したい。
「それは私の仕事じゃありません」
「この仕事を火曜日までにやっつけなくちゃ」
 あなたはそんなに仕事をするのがイヤなのか。
 自分の名前をブランドにするというのは、やれと言われた仕事を嫌々やることではない。顔が見えるお客さんのために、まちがいなく付加価値がある商品を創造することだ。商品やプロジェクトを自慢のタネにすることだ。お客さんを、共謀者にし、熱狂的なファンにし、宣伝マンにし、生涯の友にすることだ。
 私は「仕事師」である(一九九六年以来ずっと)。私は良い父親か悪い父親か、自分ではよくわからない(そんなこと、誰がわかるか!)。だが、仕事師として、これだけは断言できる。
 私のプロジェクト、それが私である。
 私は海軍にいたときから、「職務規定」なるものが反吐が出るほど嫌いだった。私は、自分が何をすべきかは自分で決める。三三年前(海軍設営部隊の将校としてベトナムにいた二三歳のとき)も、いまも、私が自分に言い聞かせていることに変わりはない。
   毎日、かならずひとつ
   すごいことをやれ
   それができない日は
   すごいことができるよう死力を尽くせ
 私はそれほど信仰のあつい人間ではないが、社会が必要とする人間でありたい、世の中の役に立ちたいと、いつも願っている。私が生きている証、それはプロジェクトしかない。
 プロジェクトとは何か?
 始めがあって終わりがあり、お客さんがあって、ブランドの刻印があるものだ。
 社会にとって大切なもの、世の中をすこしでもよくするものだ。
 え、青臭いって? なんと言われようが結構。シニシズムは負け犬のためにある。はすに構えて論評することなど、どんな能無しにでもできる。そんなことは死ぬほど退屈だ。青臭くていいじゃないか。青臭くない志がどこにある。
 世の中をはすに眺めていて、成功した人など見たことがない。たしかに世の中にはくだらないものもある。だが、自分の仕事、自分のプロジェクトをくだらないと思っていて、成功した人などいるはずがない。
 マイケル・ジョーダンはバスケットボールなんてくだらないと思っているか。マグワイアは野球なんてくだらないと思っているか。スピルバーグは映画なんてくだらないと思っているか。
 思っているはずがない!
 私は、私の世界を支配している。もちろん、ぶちのめされることはいくらでもあるさ。だが、成功するにせよ、失敗するにせよ、それは私の世界だ。失敗の責任はすべて、私にある。部長のせいでも、課長のせいでもない。
 人生は気まぐれだ。横暴だ。理不尽だ。
 それでも、私の人生は、私が生きる。おまえはどんな生き方をしているのかと問われれば、「私のプロジェクトを見てくれ」と言うほかはない。
 あなたは?

もうひとつ、「8 自分が大切にしているもの」からも引用。長くなったので、こっちは一部分だけ。

 生き残ることは大切だ。しかし、ただ息をしているだけでは人生とは言えない。自分が大切にしていることを守ってこそ、生きる意味がある。
 胸に手を当てて考えてほしい。昨日、職場で四つの会議に出たが、自分が大切にしていることのために、自分は何をしただろうか。ひとつひとつの会議を思い出してほしい。夢遊病者のように座っていただけか。それとも、ひとりの人間として、自分なりに貢献できるはずの「世の中の大事」のために、めざましい(あるいは目立たない)貢献をしたか。
 昨日という一日、名医は何人かの命を救い、立派な牧師は何人かの魂を救った。あなたの昨日は、どんな一日だったか。

たった2つ引用しただけで、この本がどれだけ軽妙かつアツい本か、わかっていただけたのではないかと思う。
なお、エッセイのあとに具体的なアクションプランも紹介されている。これらを全て実行するのは不可能に近いが、なかなか興味深い。例えばトム・ピーターズは「トーストマスターズ」というスピーチのレベルアップを目指した非営利団体に参加することを再三に渡って強調している。実にアメリカ社会らしい発想だが、確かに伝達力は日本でも重要なスキルである。