藤子・F・不二雄『藤子・F・不二雄SF短編PERFECT版 1 [ミノタウロスの皿]』

藤子・F・不二雄は、『ドラえもん』や『パーマン』『21エモン』『ウメ星デンカ』『モジャ公』『キテレツ大百科』『エスパー魔美』といった漫画で知られている漫画家である。藤子・F・不二雄の言う「SF」は「サイエンス・フィクション」の略ではなく、「すこし・不思議」の略である。これらのすこし・不思議な「SF」は、まさにF氏にしか書けない貴重な子供向け作品群だが、一方で大人向けのSF短編集も意外なほど多く発表している。本書は、発表された年代別に藤子・F・不二雄の大人向けSF短編112話を全8巻に完全収録したパーフェクト版である。
シリーズ第1巻には以下の作品が収められている。

スーパーさん
ミノタウロスの皿
ぼくのロボット
カイケツ小池さん
ボノム=底ぬけさん=
ドジ田ドジ郎の幸運
じじぬき
ヒョンヒョロ
自分会議
わが子・スーパーマン
気楽に殺ろうよ
アチタが見える
換身
劇画・オバQ
イヤなイヤなイヤな奴

第1巻から面白い作品がたくさんあるのだが、やはり真っ先に挙げられるのは表題作「ミノタウロスの皿」であろう。乗っていた惑星間航行ロケットが故障し、水や食料が底を尽く。しかし救助艇が来るのは23日後。ただ1人生き残った主人公は運良く地球型の惑星に不時着する。そこには低い段階ながらも文明があり、ミノアという可愛い女の子と知り合う――というプロローグ。きっちり「エンターテイメント」をやりながら、読者の価値観を激しく揺さぶってみせる。異文化というものの本質を抉り取って封じ込めた傑作であろう。
他には「気楽に殺ろうよ」や「イヤなイヤなイヤな奴」なんかも個人的には好きである。「気楽に殺ろうよ」は、ある朝突然、世界が(他は何もかも一緒なのに)ある1点の価値基準が全く異なるパラレルワールドになっていた――という話である。そこでは、食欲や食べるという行為が途方もなく恥ずかしくタブーな行為で、代わりに殺人が身近で一般的な行為なのである。食欲と殺人の価値の転換が起こっているのだが、食欲と性欲の価値転換なんかも考えたら面白そうだな。また「イヤなイヤなイヤな奴」は、宇宙船という閉塞的な環境の中で皆がだんだんストレスを溜め、ささいなことでいがみ合いになる様子を描いている。しかしこれはオチが秀逸だ。
あと「劇画・オバQ」は、大人になった正ちゃんたちが劇画で描かれる。個人的には面白かったけれど、ファンにとって面白いのか面白くないのか微妙なところだ。しかし自作をパロディにする発想は面白い。
なお巻末には藤本匡美(藤子・F・不二雄氏長女)によるエッセイ「こっそり愛読した父の作品」も収録されており、これもなかなか興味深い。肉親にしか書けない物事というのはやはりある。