ヘンリー・ミンツバーグ『マネジャーの仕事』

マネジャーの仕事

マネジャーの仕事

世界的な経営学者による名著。
必要に迫られ、経営者の仕事を理論的に分析した上で体系的に整理している文献を探していた――のだが、驚いた。そのような文献はほとんど存在しないのである。「経営者とはかくあるべし」といった文献や、「経営者は○○をしなければならない」といった部分的に語られた文献は腐るほどあるのだが、本当の意味で経営者の仕事や役割を理論的に分析・体系的に整理した本というものは実に少ない。
例えば、経営管理論や組織論の領域の大家であるアンリ・ファヨールは「計画し、組織し、調整し、統制する」と定義しており、他の学者の多くも似たような形で定義づけていた。しかし冷静に考えてみてほしい。これは経営者の仕事を「本当に」ピックアップしたと言えるのだろうか?
「意思決定」というキーワードを挙げる人も多い。これはこれで納得性の高い経営者の仕事ではあるのだが、果たしてこれだけだろうか? そうではあるまい。どう頑張っても「意思決定」というカテゴリーでは語り切れない仕事を経営者は数多く行っている。
バーナードの『経営者の役割』については、もう数ページめくっただけで睡魔に襲われる始末。仕方なくバーナードについて論じた別の本をチェックしたところ、エグゼクティブは「組織を作動させた状態のままで維持するということに特化された仕事」であり、「組織内の情報伝達を維持する」「個人から必要な用役を確保する」「一般目的と諸目標を公式に表示する」という3つを挙げているそうだ。今度は(少なくともこの定義を読む限り)意思決定者という役割がスッポリ抜け落ちている。
J.P.コッターの『ザ・ゼネラル・マネジャー』は古いこともあり、まだ入手できない。
MBAのマネジメントの科目のテキストについては、それらを学ぶこと自体には意義があるけれども、経営者の仕事と本当に結びついているようには思えない。
ちょっとマニアックなところでは、P.E.ホールデンが『現代のトップ・マネジメント』という本で、

  1. 会社の目的の決定
  2. 長期計画の作成
  3. 長期計画を遂行する方針の確立
  4. 組織の編成と変更
  5. 有能な主要人物を選択することと、その人材源を継続させること
  6. 短期目標の設定
  7. 業績全般の検討・評価と、その修正手段の実施
  8. 会社の所得の管理

と書いており、これは個人的にはなかなか網羅的で、かつ業務チックかなと思ったのだが、もっと泥臭い仕事も実際には多いような気がする。
さて……と途方に暮れたところで出会ったのが本書である。本書に出会うまで随分と遠回りをしたが、経営者の仕事について述べた最も有名な書籍のひとつである。実は、他の経営者の仕事について語られた文献について俺が感じていたことと(ほぼ)同じことをミンツバーグも感じている。例えば、社長ということで様々な会合で挨拶を頼まれたり、公式・非公式なネットワークを作っていくことは、実際に経営者が多くの時間を費やしているのに、今まで語られてきた経営者像のどれにも当てはまらないじゃないか、実際に経営者は何をしているんだ、と。
そして、ミンツバーグはその疑問に対して忠実に研究を行い、書籍化した。つまり経営者に朝から晩まで張り付いて、経営者が実際に何をしているのかを調査・分析し、経営者の仕事を提示したのが本書なのである。数千人に質問紙調査をして統計分析したわけでも数百人の社長にインタビューしたわけでもなく、定量性という点ではいささかの疑問はあるのだが、実態に沿っているという点で、結果的には極めて納得感の高い経営者像になっている。経営者にベッタリ引っ付いた点と、経営者の仕事を「役割」という広がりのある概念でまとめた点がミソなのかな、と個人的には思っている。
簡単に書くと、経営者の役割を「対人関係」「情報」「意思決定」の3つの側面と10の役割に分類している。俺なりに少し整理してみたい(なお10の役割は、様々な本で様々な訳語が当てられているため、俺が個人的にわかりやすいと思ったものを使っている)。
まず「対人関係」については以下の3つを挙げている。経営者ならではの象徴的・儀礼的な役割、組織内部に対する役割、組織外部に対する役割である。

  • フィギュアヘッド:委員会への出席や結婚式のスピーチ・常連客へのおもてなしなど、組織やグループの代表者という地位や権限に付随する象徴的・儀礼的な役割。
  • リーダー:部下を管理し、鼓舞する役割。今も昔も経営者というとこの側面ばかりが語られるのだが、実は経営者の仕事はこれ以外にも多様なのだよ――という点は、本書の重要な示唆のひとつだと俺は感じる。
  • リエゾン:顧客や地域社会との交流など、地位や権限を活かして組織外部との関係づくりを行う役割。

次に「情報」については以下の3つを挙げている。情報のインプットの役割、組織内への情報のアウトプットの役割、組織外への情報のアウトプットの役割である。

  • モニター:財務分析・マーケティング分析・社内の口コミ情報など、定量・定性にかかわらず組織運営に必要な内外の情報を収集、分析する役割。
  • 周知伝達役:組織の内部(部下など)に情報やメッセージ・計画などを周知・伝達する役割。
  • スポークスマン:組織の外部に情報やメッセージを発信する役割。組織外というのは社外へのプロモーション活動だけでなく、社内の他部門への説明なども含まれる。

最後に「意思決定」については以下の4つを挙げている。やはりミンツバーグも意思決定を極めて重要な経営者の役割だと捉えている。コントローラブルな事象の計画立案や管理を行う役割、逆にアンコントローラブルな事象への対処の役割、リソース配分の役割、交渉者としての役割である。

  • 企業家:元々の定義は「計画されたコントロールの創発者と設計者」などと書いていて少々わかりづらいが、要は戦略立案や重要プロジェクトの監督など、改善計画や重要プロジェクトの企画・始動・監督等を行う役割。
  • 障害処理者:トラブル処理やトラブル防止策の策定など、予期していなかった困難な問題に対処する役割。企業家とはコントローラブルかアンコントローラブルかという違いがある。
  • 資源配分者:資金・人員・設備・時間などのリソースについて計画立案・承認・配分を行う役割。
  • 交渉者:主要な交渉にあたって組織を代表する役割。

以上、ざっと俺なりにまとめてみたが、本当に経営者が行っている仕事に近く、非常に参考になる定義である。経営者やトップマネジメントの仕事を本当に読み解きたいと思うなら、ぜひ読んでおきたい本だ。