- 作者: 飛浩隆
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 2006/09
- メディア: 文庫
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南欧の港町を模した仮想リゾート“数値海岸”の一区画“夏の区界”は、ゲスト(人間)に性的な快楽を与えるために設計された空間である。“夏の区界”には「素朴で不便な街で過ごす夏の休暇」というテーマとシチュエーションが設定され、ゲストの訪問に備えてAIが暮らしている。しかし“夏の区界”は何らかの理由でゲストの訪問が完全に途絶しており、もう1000年もの間、AIたちは「夏休み」を過ごしている。しかし突然「蜘蛛」が“夏の区界”を無化し始めた――本書の世界観は大体こんな感じになるだろうか(巻末の解説を基に書いた)。一言で書けば「放棄された仮想リゾート」がモチーフの物語と言えるだろう。
著者自身が述べているのだが、インターネット空間の発達した2008年現在において、この設定がSF的に新しいかどうかは(SFの門外漢である俺には)正直よくわからない。しかしAIが「自分たちはコンピュータプログラムなのだ」と自覚しながら生きている点などは純粋に面白い設定だなあとは思うし、「放棄された仮想リゾート」というモチーフは、それ自体が磁力を持った魅力的なものだと思う。なぜ放棄されたのか、なぜ放棄されたのに運営がなされているのか(“夏の区界”の運営には膨大な電力やサーバ設備が必要と思われる)、なぜ1000年も運営が続いていたのに突然「蜘蛛」なる存在が“夏の区界”を無化し始めたのか、なぜ電力供給ストップではなく「蜘蛛」なのか、そもそも「蜘蛛」とは何なのか……と疑問がいくつも出てくるが、本書ではいわゆる現実世界は一切描かれず、その多くは謎に包まれている。まあ「蜘蛛」については本書を読み進めるうちにヒントらしきものが出てくるけれど、その代わり読み進めるうちに他の更なる謎が幾つも提示されてしまう。まあ本書は「廃園の天使」というシリーズの第1作であるから、今後の作品で、この辺の世界観も少しずつ明らかになっていくのだろう。
しかしアレだね、この著者の文章は巧いね。単純に整っているだけでなく、描写の残酷さと美しさは「放棄された仮想リゾート」というセンシティブな世界にマッチしている。SFやエンターテイメント小説であっても、やっぱり文章は巧いに越したことはないと再認識した次第である。
続編にも大期待。