竹内洋『社会学の名著30』

社会学の名著30 (ちくま新書)

社会学の名著30 (ちくま新書)

著者が面白いと思った30冊の社会学の本を紹介しているのだが、社会学者や社会学理論を明晰かつ軽妙に紹介してくれており、良い本だと思う。それぞれ2箇所ほど、原文(ただし翻訳)から引用してくれているので、原文の雰囲気が気軽に味わえるのも良い。
また、著者自身のエピソードもちょいちょい入ってくるのだが、これが邪魔にならず、むしろ理解を助けてくれる。例えば、カール・マルクス+フリードリッヒ・エンゲルス共産党宣言』の紹介文では、社会主義共産主義全共闘世代の若者に熱狂的に受け入れられた時代背景が、著者の体験を通してリアルに描写されている。

 一九五〇年代、高度成長の前夜のころ。わたしは佐渡島の両津(現在は佐渡市両津)という漁師のおおい町の中学生だった。近所に住む三人の子供をかかえた中年女性がよくわが家に米を、それも一升、二升の単位で借りに来ていた。夫の漁師を海難事故でなくしたからである。
 といっても彼女はお情けにすがって生きていたわけではない。借りたものはおくればせであっても必ず返す律儀な人だった。一番下の赤ん坊を背負いながら、日雇いの肉体労働にも励んでいた。しかし、食べ盛りの男の子が三人もいれば、彼女の働きだけではどうにもならなかったのである。一方では、わが家の近所にあった旅館兼料亭からは、毎晩のように嬌声が聞こえた。漁業会社の大株主たちの連日の宴会である。中学生でも世の中まちがっているとおもってしまう時代だった。「社会主義」や「共産主義」という言葉はなんと輝いていただろうか。
 そんな時代だったから、高校生のとき本書を聖典のように読んだ。わたしにかぎらず全共闘世代までのかなりの大学生が、そして一部の高校生が一度は読んだ本である。「搾取」も「階級」も理論以前に生活実感をともなった言葉だったからである。

この種の体験談は得てして邪魔臭いだけで、あまり好きではないのだが、本書は別である。時代の空気がスーッと入ってくる。