佐藤秀峰『ブラックジャックによろしく』7巻

ブラックジャックによろしく(7) (モーニング KC)

ブラックジャックによろしく(7) (モーニング KC)

研修医(斉藤英二郎)が目にする日本の大学病院や医療現場の現状を描いた傑作漫画。斉藤は研修の配属先で毎回騒動を起こすが、それらの騒動は、ことごとく日本の医療が抱えている深い暗がりに足を踏み入れてしまう――というアウトライン。
第5巻の後半から第8巻までは、がん医療編。実は第5巻で、がんの告知についてのエピソードがあったのだが、それがボディーブローのように6巻から8巻にかけて効いてくる。がんの告知は、自分が当人となった場合には告知してほしいが、家族には告知してほしくない。半数以上のアンケートはこのような回答になるそうだ。しかし、ここには重大な観点が抜けている。それは告知をすればこそ受けられる治療があるという観点である――と、ここまでが、抗がん剤推進派の庄司が第5巻で語った内容だ。しかし、ここには極めて難しい問題がまだ残されていた。告知はする。しかし「全て」を告知するべきか? という問題である。
周知の通り、抗がん剤による治療は決して生易しいものではない。効果があるとされている抗がん剤でも、人によって効果の有無や程度は千差万別である。しかも多くの場合、厳しい副作用がある。さらに重要なこととして、抗がん剤をどれだけ続けても寛解(完治)するケースは限られている。まあ、ここまでは一般的にもよく知られていることだが、本作は抗がん剤による治療の問題について、さらに深く切り込んでいく。
それは、日本の医療制度においては医薬の認可が遅いため、世界的に効果があるとされている抗がん剤であっても日本では使うことができないものが多い、という事実である。いや、正確には使うことはできる。できるのだが、それは未認可の薬なので保険適用外になり、(詳しい仕組みは本書に譲るが)毎月信じられないほどの金が必要になる。

  • 効くかもしれないが、効かないかもしれない。効いたとしても寛解(完治)は望めないかもしれない。しかしいずれにせよ、効く可能性のある抗がん剤が海外にはある、という事実。
  • ただし日本では未認可の薬なので、保険適用外となり、使うには莫大な金が必要になる、という事実。
  • 日本で承認されている抗がん剤が効かなかった患者については、未承認薬にしか「治療」の可能性は残されていない、という事実(あとは民間療法やメンタルプログラムだろうか?)
  • たとえ効果があったとしても、金を払えなくなった時点で、その薬は使えなくなる、という事実。

主人公の斉藤は、命がかかっているんだから払わせれば良いだろう的な「正論」を言う。しかし、数百万の金を毎月用意し続けられる人間など、そうそう存在しないのだから、ちょっと考えれば誰にでもわかる。「命を金で買うかどうか」を患者や患者の家族に選ばせることが、どれだけ残酷なことか……。そして家を売り子どもの将来の学費に手をつけ老後の蓄えを切り崩してもなお、その未承認薬が効くかどうかわからないし、寛解(完治)するケースは限られている。これらの残酷な事実を「全て」患者に開示したところで、そこに希望はない――インフォームド・コンセントを積極的に行って患者からも信頼されている抗がん剤推進派の庄司は、日々このジレンマに縛られながら働いているのである。
そして、この庄司という医師が抗がん剤推進派になったきっかけには、ある「過去」が関係しているのだが、同じ「過去」を経験してきた宇佐美という同僚の医師は、「抗がん剤を一切使わない」という、対極の方針を選択する医師となった。この2人の道が再び激しく交錯する一方、はた迷惑な主人公の斉藤は、患者の病状を含めた諸々のシリアス事実を、患者本人に伝えてしまうのである。主治医ではなく、数ヵ月後には他の科に移ってしまう研修医による「正義感」からの行動で、はっきり言ってとんでもない愚行だ。しかし伝えたことで、何かが動き始めるのである。
このエピソードは本当に深く、色々と考えさせられる。