支倉凍砂『狼と香辛料11』

狼と香辛料〈11〉Side Colors2 (電撃文庫)

狼と香辛料〈11〉Side Colors2 (電撃文庫)

狼の化身である少女(ホロ)と青年行商人(ロレンス)の道中で起こる様々な事件を、軽妙洒脱な掛け合いも散りばめつつ描く「剣も魔法もない」ファンタジー物語であり、中世ヨーロッパ的な世界での経済活動に争いの舞台を置く異色作――とのこと(Wikipediaより)。
この巻は、久々の短編集。中編ひとつと短編2つで構成されているが、今回は特に中編が良かった。脇役の中でも屈指の重要度と存在感を誇っているエーブ・ボランのエピソードである。
このシリーズにおいては、主人公御一行が「旅を続けていく」という作品の性質上、脇役キャラが何度もメインストーリーに絡んでくることは少ない。まあ「あの人がこんなことを言っていたから、次は○○に行こう」「思い返せば、あの人が言っていた△△は、こんな意味だったんだ」といった伏線回収的な展開は多いから、物語として完全にブツ切りになっているわけではない。しかし主人公御一行との直接的なやり取りという意味では、脇役キャラの多くは、一度きりの登場となる。
しかし、この「エーブ・ボラン」という元貴族の女商人は例外である。主人公御一行の関係性に大きな影響を与え、旅の目的や行き先にも大きな影響を与え、かつ何度も出てきて、敵に味方にと主人公御一行を翻弄する。主人公は北、エーブ・ボランは南と、物理的な旅の道のりは正反対になってしまったが、また再登場するのではと思わせる名脇役であろう。
で、このエーブ・ボランは、一言で書けば「命よりも金が大事」という、危険なまでに金儲けに執着するキャラクターなのだが、もちろん昔からこんなキャラクターだったわけではない。没落貴族として商いを始めたばかりのエーブ・ボランは、まだまだ甘ったれで、自分で服も着られず、商売でも主導権を取られてばかりである。しかも当時は「エーブ」という男性名を名乗っていたわけでもなかった。要は、この中編は「エーブ」を名乗り、人間性が決定的に変わることになったエピソードを書いた作品である。その意味では、明らかに作品としての掘り下げは足りていないのだが、まあライトノベルなのだから、これで十分かもしれない。