『広島アスリート』2009年11月号


広島東洋カープとサンフレッチェ広島の情報マガジン。今月号の特集は「緒方孝市 駆け抜けた不屈の魂」である。野村や佐々岡、もう少し昔で言えば大野の引退のときも感動したが、緒方の引退試合は史上最高の感動をファンに与えたと言って良いだろう。というか泣いちゃったよ。

スポーツニュースの動画も載せておくので、ぜひ見ていただきたい。国分太一は不要だったが、それ以外は良かったなあ。*1

元チームメイトであり、同じく今年で引退するキムタクのセンターフライをさばいたときも良かったが、やはりクライマックスは最終打席であろう。

度重なる怪我と腰痛で満身創痍の状態だったが、最終打席では全盛期を彷彿とさせる奇跡のようなバッティングを見せてくれた。初球のストレートをフルスイングすると、打球は右中間を真っ二つ! 腰は相当痛むはずだが、三塁まで全力疾走、そしてヘッドスライディング! 何と三塁打である。しかもその直後、キャッチャーがボールを逸らしてしまう。まさに野球の神様が与えてくれた最後の見せ場である。緒方は当然、果敢に本塁に向けて再激走! しかし哀しいかな、今の緒方に本塁まで走り切る走力とスタミナは残っていなかった。圧倒的なスピードを誇った黄金の足は既に見る影もなく、足はもつれ、倒れ込むような二度目のヘッドスライディングはホームベースにあと数センチ届かない! そしてその数センチは永遠に届くことなく、カバーに入ったゴンザレスのタッチによって憤死するのである。

緒方は、若い頃から守備と走塁には定評はあったが、バッティングは決して突出していたわけではなかった。練習に練習を重ね、あのパンチ力と確実性を併せ持った打撃を身につけたのである。今でも野球に対する真摯な姿勢には定評がある。しっかりと怪我さえ治せば、まだ緒方はやれると思っていたファンは多いはずだ。俺もそう思っていたし、実は今でも少しそう思っている。だが、あの壮絶なシーンを見て、「緒方引退」という事実をファンは否応なく受け入れざるを得なくなった。そして俺は、これほどボロボロになるまで広島のために戦ってくれたのだから、コーチとしてもボロボロになるまで広島のために戦ってくれるだろう――と、緒方の引退を素直に祝福したのである。

最後のセレモニーも良かった。緒方のスピーチを全文書き起こしているので、ぜひ読んでいただきたい。

子供の頃の夢は、プロの野球選手になることでした。その夢が現実となって、カープに入団して、23年間も、大好きな野球を、思い切りやれました。
人に負けたくない。この世界で、何とか成功したい。そういう思いで一生懸命バット振って、がむしゃらに練習してきました。
常に全力で、試合が終わればユニフォームが真っ黒に——そんな選手でありたい、そうありたいと、最後の最後まで思っていました。
気がつけば、そのユニフォームが汚れなくなり、そして、走ることも、守ることも、自分の思うようなプレーができなくなったと感じ、引退を決意しました。
本当に怪我の多い野球人生ではありましたが、家族の支え、チームの仲間の支え、そして何よりファンの支えによって、ここまで来れた野球人生です。
最後になりますが、カープのユニフォームを着て、23年間野球ができたことを、誇りに思います。ありがとうございました。

このセレモニーのスピーチで俺の涙腺は再び緩んでしまうわけだが(いや、正確には緩みっぱなしであった)、前田との抱擁も良かった。共に怪我に泣かされ続けて来た選手である。お互い思うところもあったのだろう。

思えば、緒方もまた、ミスター赤ヘルであり、ミスターカープであった。

緒方! 最後のユニフォームは真っ黒に汚れていたぞ!

今までありがとう!

余談

正確には余談などではなく、実は最も深いシーンとも言えるのだが、動画を何度か見直していると面白いシーンを発見した。緒方が本塁でアウトになったあと、ホームへのカバーに入った巨人のゴンザレスが、「あー」という残念そうな表情を浮かべながら緒方の手首を掴んでいるのである。表情も手首も一瞬だけしか映らなかったが、泣き笑いとも苦笑いとも取れる何とも言えないゴンザレスの表情と、緒方の手首を優しく掴んだ瞬間が、とても印象的だった。

届かなかったヘッドスライディングに対しての「あと数センチなのに!」という球場全体の思いを、ゴンザレスも共有していたのだろう。ゴンザレスはプロだが、いやプロだからこそ、セーフになってほしいと思いながらカバーに入ったのではないだろうか? ゴンザレスは日本でのプレーも長いから、緒方のことをよく知っていたのかもしれないな。あるいは、同じプロとして緒方の野球に対する姿勢に何か感じ入るところがあったのかもしれない。

俺はこのシーンを見て、また泣いてしまった。そしてゴンザレスのことが大好きになったのである。

www.fujisan.co.jp
www.facebook.com

*1:別に国分太一が嫌いというわけではないけれど、ここでタレントを使うなら、横浜ファンの人間じゃなくて、広島ファンの人間を使ってほしいよな。国分太一は最近レギュラーのようだから、まあ仕方ないことではあるんだけど。